恋愛アレルギー2

 

 ウサギリンゴをくれた翌日、朝から雲雀はいなかった。
 教室に入ってきた獄寺の眼がきょろっと泳ぐのを見て、
「これが、普通なのなー。」
 と、山本が獄寺の背後から肩に両手をかける。
 無意識に探してんじゃありませんよ。探す必要無いでしょう。
「朝から重めえんだよ、野球バカ。風紀バカがいねえからってはしゃぐな、うるせえ。」
 そう、その調子。


 獄寺は昨日の分を取り返そうと1限を寝倒したら、2限はぱっちり目が冴えてしまった。
 普段は取らない現社のノートにG文字で書き込んでいると、デンジェラスだった昨日の感覚が背筋に
甦ってきて、後ろが気になって仕方ない。
 まさか、いるわけないよな。
 振り返ってみればその席の女の子が座っているだけで、それは当然なのだけれど、斜め後の席の
ツナと目があってしまった。
 ツナの見守るような目が、気恥しい。
「消しゴム貸してくれ。」
 オレは用事があって、振り返ったんですっ。
 ・・・って、あれなんでオレ、取り繕ってんだろ?

 その時。
 グぐわアアンんんんんんん。
 地響きが轟いた。

 獄寺は咄嗟にツナの席に駆け寄る。
 襲撃か?爆撃か?いや、天変地異なのか?
 獄寺が焦る割には、ツナ、山本を含めたクラスの連中は、驚きこそすれ慌てもせずに、冷静な顔で
耳を澄ませている。

 再び、ぐぁあああああシャアンんんん。
 巨大な何かが倒れる音がして、獄寺はその方角を聞き分ける。
 墜落でも爆撃でもない。巨大な何かが、崩壊、崩落した音だった。
 外。角度は南南西。距離は1km、+-0.15km。

 獄寺は窓に駆け寄る。5階だからたいして見晴らしは良くないが、何か見えるかも。
 クラスの連中も、わらわら窓に集まってくる。
 目をこらせば、確かにその方角に砂埃が立ちのぼっている。

 ぐわわわああシャあンんんんん。
 三度目の地響き。金属音か?

「あれって、おまえんちの方じゃないか?」
 並ぶ山本に言われて思い出す。
 獄寺の住む賃貸マンションの隣で、高層の分譲マンションが建築が始まって、目隠しの柵の向こう
にクレーンの先が幾つか覗いていた記憶がある。

 ツナが獄寺の隣にやってきて囁く。
「雲雀さん、今日も派手にやってるみたいだね。」
 ツナの超直観が、不足しているデータを補って、いち早く解答を導きだしたようだ。
 でもおかしいです、10代目。足りてるデータなんて、雲雀がここにいないというだけでしょう?

 並盛町周辺にいるかぎり、たとえ激しい衝突音や破裂音、乱闘の声が聞こえてきたとしても、必ずし
もボンゴレの10代目の身に危険が迫っているわけではない。
 テロとか暗殺とか抗争とかとは無関係に、雲雀恭弥もしくは風紀委員会が動いている確率が高い。
 それが必ずしも、ツナの安全を保障するわけではないけれど。

 さて、轟音はそれ以上しなかったが、見渡せば、校舎の窓は人だかりになっている。
 どのクラスも授業どころではなかった。
 なんだ、なんだと口々に聞きあっているけれど、ツナ以外の誰も、答えを知りはしない。

「あ!」
「おい!」
 黒髪に黒い学ランの人影が、ひらりと校門を飛び越えた。
「風紀委員長だ。」
 腕に腕章。
「雲雀だ。」
「なんだ、雲雀か。」
「そうか。雲雀恭弥がまた何かやったんだな。」
 並盛中学校中の視線を浴びて、風紀委員長が帰還する。
 

「じゃ、わかったところで、授業を再開しますよお。」
「はーい。」
「はいっ。」
 教師が手を打つと、生徒は素直に窓を離れ自分の席に戻っていく。
 並盛の秩序に順応できれば、『雲雀恭弥だから仕方ない』で、何でも済ませてしまえるのだ。

「嘘。それで納得しちゃうわけ?」
 ツナに手を引かれるも、獄寺一人窓際を離れられず、校舎に近づいてくる雲雀を凝視する。
 制服が埃っぽい。見たところ負傷は無さそうだ。
 自信たっぷりな冷笑を浮かべているのはいつもどおり。

 ふと、見下ろす獄寺の目と雲雀の目があった。
 切れ長の二重が僅かに細められて逸らされて、目があったのは気のせいじゃないかと思う間に、片
手が上がって下げられる。

「ほら、獄寺君、席行こう。」
「・・・はい。」
 知りたい。何をやったんだ、ヒバリは?

 しばらく待っても、雲雀は獄寺のクラスに来なかった。
 今度こそ本気で残念に思った獄寺は、そろりそろりと教室を抜け出して、応接室へと走った。



「ヒバリ、いるかっ?・ん・・?ぇええっ?!」
 銀色の竜巻のようなものが飛び込んできたと思ったら、ぽかんと口を開けている。
 雲雀は思う。何を考えているんだろう、獄寺隼人は。
 昨日は一日、自分を見る度に嫌そうな顔をしていて、HRが終わるやいなや、大事な10代目の手を
引いて逃げ帰ってしまったというのに、今日はのこのこ自分の足で雲雀のテリトリーまでやって来て。

「君、まだ授業中でしょ。」
「・・・お前こそ。」
 獄寺はぽかんとした顔を継続中で、雲雀の顔と雲雀の前に並ぶものを交互に見ている。
「・・・それって、まさか一人分?」
「それがどうしたっていうの。」

 そこには、圧倒的な存在感を放つ業務用の炊飯器及び寸胴の他に、大小4つ鍋が並ぶワゴンがあ
った。
 応接テーブルの上には、白いご飯の茶碗、塗の椀には味噌汁。平皿に山と積まれたハンバーグ、
筑前煮、菜花の胡麻和え。
 ソファに浅く掛けた雲雀の右手に握られるのは塗の黒い箸。ついでに箸置きは小鳥の形だった。

「・・・食事中なのか?」
「他に何してるように見えるって言うの。」
 今朝は予定があったから、朝食を抜いてしまった。その上少し運動したから、いつもよりは量は多
め。
「うっそ。」
「僕の食事を邪魔したら咬み殺すよ。」

 開いた口が塞がらない獄寺をよそに、雲雀は食事を再開する。

「昼食は昼休みにとらないと校則違反じゃねえの?」
「もう僕の時間割は昼休みだから問題ないよ。座れば。」
「何だよ、それー。」

 雲雀の向かいに掛けた獄寺は、不思議なショウでも見るように、雲雀の食事を見つめた。
 さらさらと消失していく有機物。そして綺麗な箸使い。
 せわしくもない、ただそれだけの連続で、ワゴンの上の物質が徐々に無くなっていく。

 雲雀は人間じゃないんじゃなかろうか。獄寺は考える。
 しかし、こんなに燃費の悪いロボットを作る意味がわからない。
 雲雀は運動量いや暴力行動量が多いから、半端ないカロリーを必要とするんだろうか。

 さらさらさら。

 雲雀は獄寺の視線に気づいて箸を休める。
「僕は成長期で動き盛りの男の子だからね。」
「・・・それはオレも一緒っす。」

 さらさらさら。

 茶碗も皿もあっという間に空になる。
 雲雀の箸を止めさせるのが勿体無い気がして、獄寺は頼まれるまでもなく、ご飯をよそい、皿にお
かずを取り分ける。

 さらさらさら。

 雲雀が箸を置いて手をあわせて何かを呟くその姿にまで魅惑されて、獄寺はふうと息をつく。
 なんだかよくわからないもので、すっかり胸がいっぱい。

「ごちそうさま。」
 立ち上がる雲雀につられ、獄寺も立ち上がる。
「今、草壁は出てるからウサギリンゴは、また後でね。」
 その言葉に促され、獄寺はほいと応接室を追い出された。

「あのウサギリンゴ、草壁副委員長が剥いたのか。」
 意外な事実に驚きながら、教室へ戻る。
 間もなくみんなの昼休み。



「・・・何しに来たんだろう、あの子?」


「あっ!何やったのか、聞くの忘れた!」





 

 


2009/02/24

 

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