並盛の神様1




  並盛神社の雲雀神様は、大祭時以外には御社殿におわせられない。それなら常時はいずこにまし
ておられるかと申せば、人の子の姿に身をやつし、並盛中学校にて人の子どもらの風紀監督にあたっ
ておられるのである。

 何故、並盛中学なのか?それは学校が建てられる以前、神社がそこにあったが為。学校用地の買
収により移転させられた現神社所在地よりも、並中の方が気の巡りがよろしく、雲雀様にとっては我
が家以外の何物でもない。
 そして何故、風紀監督なのか?それは人の子どもらの風紀の乱れによって清廉な気が滞り穢れる
ことを、雲雀様が殊の外に厭われておられる為である。



 夏祭りの翌日。
 獄寺は校門の手前50mで立ち止まった。

(夏休み中の登校日にまで、風紀委員会が張ってんのは、ルール違反だろ。)

 獄寺は二の腕に施された派手なタトゥーシールを隠す為、まくりあげていた袖を下ろした。指輪など
の装飾品は今さら外して鞄に隠したところで、持ち物チェックの際に検問に引っ掛かってしまうからそ
のままだ。

「夏休みであろうと、風紀の乱れは認めないよ。」
 夏の日差しの下でも学ランで涼しい顔をしている男、雲雀恭也を目にして獄寺は思う。

(雲雀ともうちょっと仲良くできたら、風紀検査のハードル、ちょっと甘くしてもらえるんじゃねーかなー。)


「獄寺隼人!」

 他の生徒が並んでチェック待ちをしているというのに、雲雀は目ざとく獄寺を見つけて呼びつけた。
獄寺は仕方なしに前に進み出る。

「これは何?」

 シャツの袖から隠しきれなかったタトゥーの端を見つけ、雲雀はトンファーの先を使ってゆっくりと袖を
まくり上げた。

 獄寺の二の腕の肌は、黄色人種の混血があるために、白人種にありがちなソバカスや色むらがな
く、ただまっさらに白い。そこに蜘蛛の巣とダイナマイトと十字架をモチーフにした、鮮やかなタトゥーが
描かれている。

 それが黒い棒状の金属の先によって、徐々に陽光のもとに晒されていく。

(なんか、やらしー。)

 生徒らは性別を問わず、早熟な者は顔を赤らめ、より成熟したものはまじまじと見つめ、まだお子様
な者はただ風紀委員長に目をつけられたことに同情した。

「シール。シール。」
 お子様組の獄寺は、部分的ストリップを演じていることにも気づかずに、手をすりあわせて雲雀に許
しを乞う。

 雲雀はフンと鼻を鳴らす。

(僕と仲良くしたいなんて言っておきながら、何この十字架。異教の印なんてつけていたら、僕のもの
にできないじゃないか。)

「草壁、除光液!」

 側に控えていた草壁副委員長が、さっと徐光液を浸したコットンを差し出した。ネイルをしてきた女生
徒のために用意されたものだが、獄寺が使用第一号となった。

「チェッ。結構、高かったのに。」

 ふてくされる獄寺の腕を万力のような力で掴み、雲雀は時間をかけて獄寺のタトゥーを拭い去った。


 そのお陰で、他の生徒達の検査が甘く流されていくことに、2人は気づいていない。

「君、趣味悪いしね。」

 毒々しい柄は、雲雀様のお好みではない。

「違う柄ならいいのかよ?」

 獄寺は真白に戻ってしまった二の腕を隠すために、再び袖を下ろした。
 日焼けできないことがコンプレックスになっているから、タトゥーでカッコつけてみたというのに。

「いいよ。僕の名前限定だけど。」

 雲雀神様は、獄寺のもう片方の腕のタトゥー消去に取りかかられた。

 獄寺は頭に疑問符を浮かべながら、今の雲雀の言葉を反芻し、からかわれたのだと結論付けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・ある意味カッコいいかもしんねー。」

 獄寺は薄れていく蜘蛛の巣に別れを告げながら、ぽつんと呟いた。
 悪魔の名前を彫りこむイメージだ。

 黒い雲の文様の間に雲雀の絵柄を入れて、思いっきりジャパニーズな刺青スタイルもカッコいいかも
しれない。雲雀の名前は余計だが。

 雲雀様はその獄寺の発言を了承と受け止められた。そして、タトゥーを隅から隅まで消し去られた後
に、その白い腕に指先で自らの真名をお書きになられた。

 人の目には見えないその文字に獄寺は気がつかないが、それは一つの印である。早い話がマーキ
ング。 
 他の神、物の怪、悪鬼の類から獄寺を守る、強力な守護印となるはずのものを有り難くもお授けに
なられたのであった。

「終わったな。じゃ。」

 獄寺はアクセサリーにまで言及されないうちにと、そそくさと校門をくぐって行った。



「・・・・・・・・・だけど、人間から守るには足りないんだよ。」

 近頃、並盛にはきなくさい気配が漂っている。
 それは獄寺が並盛に来た頃から始まったのだけれど。 



 



2009/04/07
inserted by FC2 system