はるはなひいな8

 

 獄寺は海に飛び込むという単純明快な物理的逃走を図ったが、再び雲雀の両手に肩を掴まれて失
敗した。

「この辺浅いから、飛び込んだら危ないよ。ねえ。もう一度、やって見せてよ。」

 雲雀の声に感情の起伏は読み取れない。獄寺が逃げようとしたことに機嫌を損ねるより、獄寺の瞬
間的性転換に興味深々である証だ。

「できねえ!あれは一日一回しかできねえし!」
 獄寺は口から出まかせを言いつつ、まだ逃走の可能性を捨てきれずにジタバタ暴れる。

「嘘だ。夕方、沢田の家で女の子になってた。」
 雲雀の手に力がかかり、獄寺の薄い肩を握りしめる。
「やりなよ。」

 獄寺の意識は痛む肩、そして背後の雲雀の状態に向かった。
 動くたびに触れる雲雀の体は、温かい素肌。泳いできたのだから当然、獄寺と同様に素っ裸だ。
 それなのに。

(トンファー装備だ、こいつ!)

 雲雀の腕にアタッチメントで装着された仕込みトンファーの先が背に当たる度、獄寺はぞぞぉっと寒
気する。獄寺はと言えば、濡れたら使えないダイナマイトは服と一緒に岸に置いてきてしまった。
 文字通りの丸腰で、伸縮自在の雲雀のトンファー攻撃に対抗できるとは思えない。

(真っ裸にトンファーなんて姿は、明るいとこで見たら間抜けだ。だけど今は笑えねえ。)

「どうせ見えないぜ。こんだけ暗けりゃ。」
 こうなれば、獄寺には雲雀を言いくるめる他、道はない。
「岸に戻ってから、明るいところでやるよ。」
 岸に着きさえすれば、ダイナマイトで攻撃できる。


「触ればわかるよ。」
 雲雀は獄寺の肩を掴んでいた右手を外しつつ、自分の腹を獄寺の背につけた。
 性格的に、気になることを後回しになんてできるわけがない。今、見たい。今、知りたい。
 雲雀は右手のひらで獄寺の胸に触った。


「触ってもわかんねえって!オレ、凄いペチャパイだから!」
 獄寺は水揚げされたばかりの魚さながらに暴れだしたが、雲雀は知らんぷりで獄寺の胸から手をど
けない。

 抱きこんだ獄寺の体は雲雀より体温が低い。しかし、寒中水泳をしてきた身には心地よい暖房装
置だ。右手をもっと暖めたくなって、雲雀は獄寺の胸を摩擦するように撫でた。

「ヒャッ、ンッ、へッ、ヘンタイ!」
 獄寺の声が掠れて小さい。雲雀は聞きとるため、より獄寺の体に密着した。

「変な声。」
 雲雀は右手を次第に下げていく。

「ペチャパイだって、こっちならわかる。やりなよ。」
 雲雀の手は獄寺の肝心のところを一瞬掠めてから上に戻り、指先で脚のつけ根の薄い皮膚を撫でた。

「アッ。」

 雲雀は獄寺の返答を待ったが、獄寺が変な声をあげるばかりなので、再び右手を胸に上げ、小さく
尖った部分を摘みあげた。

「やってって、何度言わすの。」

「ヒャッ、ァンッ」

 獄寺を変な声で鳴かせているうちに、雲雀は変な気分になってきた。下半身に響く声。雲雀のモノ
が熱を持ち出してしまったことに、密着した獄寺は気づいているかもしれない。
 獄寺の感じる声に反応してしまう自分なんて予想外で、雲雀はイライラしはじめた。
 摘まみ上げた突起をねじって、そのイライラをぶつける。

「ッ、ン!」

 雲雀が攻撃しても、獄寺は感じるばかりだ。
 ただそうやって撫でたり触り続けるだけでは、獄寺に言うことを聞かせられそうにもないことに雲雀は
気づく。
 それどころか、このままずっと獄寺の変な声を聞いていたら、自分の方が先におかしくなってしまい
そう。


(悔しいけど、もう、今日はだめだ。また今度明るいところで、服を着ている時にやらせよう。その代わ
りアレが欲しいな。)

「・・・・・今日は諦めてあげる。」

 雲雀は右手を獄寺の肩に戻した。
 すぐに、獄寺がふうと息を吐くのがわかる。

「その代わり、今日、三浦ハルがしていた指輪を貰うよ。」

 獄寺の体がビクッとする。

(やっぱり、この子、三浦ハルを好きなのかな。)
 雲雀はムカつきを抑えられず、獄寺の肩を掴んだ両手に力を込めた。

 三浦ハルとは、指輪を交換するような仲ではなくても、指輪を貸し借りするような仲。一日ハルがつ
けていた指輪を、獄寺が大事そうにずっとつけているのが忌々しいから、今日は追及の手を引いてや
る交換条件として取り上げてしまいたい。

「ちょうだい。」

 ザパーン。ザッパーン。
 しばらく、波が岩を打ちつける音しかしなかった。


「・・・・・・・・・・・雲雀、ハルのこと好きなのか?」

(雲雀、指輪の秘密に気づいてんのか?
 まだ、気づいてないんなら、ハルが気になるってことだよな?)
 
 獄寺は瞬間的に、雲雀がハルを好きであって欲しいと願って、信じた。

「えっ?」
 雲雀は珍しくも、素っ頓狂な声をあげた。


「よし、そんなら、改めて紹介してやるよ。」

(雲雀でも好きな女の子のこと考えたら、嬉しくてこんな声出すんだなあ。意外と普通の男の子?)

「うん。ハル、変なとこあるし、意地悪なとこもあるし、雲雀とお似合いかもな。」


 ザ、ザ、ザ。


 雲雀は沈黙を続けた。


 ザッパーン。


 指輪の件も変身の件も、忘れて考えているようで獄寺は安堵する。
 これで解放されやっと岸へ泳ぎ戻れると、獄寺は思わず笑みをこぼした。


 ザパーン。 
 ザッパーン。
 



「なんで、そうなるの!」



 

 


2009/04/13

 

 

 

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