はるはなひいな7

 

 2人は並盛海岸でバスを降りた。
 乗車中からずっと無言だった雲雀は、やはり獄寺に何も言わずに海へと向かって行く。獄寺もその
後に続いた。
 

 夏は海水浴客で混雑していた浜辺も、まだ春早い季節の海、しかも夕刻とあっては人っ子一人いな
い。

 雲雀は斜めに振り返り、うつむき加減で歩く獄寺の髪が、潮の香りのする風に揺れるのを見る。
 謝罪するという言葉通り、獄寺が大人しくついてくるのが楽しい。
  普段、風紀を乱すから、群れているから、と何かと因縁をつけて咬み殺してやる際に獄寺が見せ
る、敵意と、負けず嫌いの意地と、沢田綱吉の前でいい恰好をしたいという姿勢が、今日はすっかり
抜け 落ちている。

(群れているところを咬み殺すつもりで、沢田の家に行ったんだけどね。)
 それを言ったら、従順な獄寺という珍獣を逃してしまうから、教える気はない。

 ざわーん。
 ざっぱーん。

 雲雀はいつのまにかに靴と靴下を脱いで裸足になっていて、寄せくる波に足指を濡らして遊んでい
た。

 放置された獄寺は、立ちんぼうのまま、雲雀を見ていた。

(どうしよう。)

 実は獄寺は、雲雀がどんな意図をもって獄寺を海に連れてきたのか分かっていた。それは折り紙の
マニュアルを読了して雛祭についての知識を得ていたからなのだが、あまり嬉しくない事態に陥りそう
なので黙っていた。
 しかし、黙って遊んでいる雲雀をただぼおっと眺めながら、刑の執行を待っているというのも辛いも
の がある。

 しびれを切らした獄寺は、自分の処刑方法について口を出すことにした。

「雲雀、もしか・・」

「君も脱いだら。」
 雲雀は足元の波を見たまま言った。

「・・・ん。」
 獄寺の了承の声とともに、バサバサ、バサバサと音がする。

(バサバサ?)
 雲雀が怪訝に思って振り返ると、上半身裸の獄寺がデニムのベルトに手をかけるところだった。

「どこまで脱ぐつもりなの?」

「え、だって、これから流し雛するんだろ?」
 獄寺は自分を指した。

「なんだ知ってたのか、流し雛。」

 獄寺が波打ち際まで来たところを掴んで海に投げ込んで、「これは流し雛だ」と言おうと考えていた。
着衣で海に投げ込こまれた方がダメージが大きい。予め、寒中水泳する覚悟で脱ぎだされたのでは
興ざめだ。

「たんこぶ岩まで泳いで行って帰ってくるので、勘弁してもらえるか?」

「・・・いいよ。」
 他にプランがあったわけではないので、雲雀は了承した。

「そのかわりあんまり待たせるようなら、服を海に投げ込むよ。」
 雲雀の言葉に獄寺がびくっとする。

「わーった。行ってくる。」

 デニムを脱ぎ捨てて、獄寺は海に向かう。
 つめてー、つめてーと繰り返しながら、ばしゃばしゃ水に浸かって行く。

(暗くてよく見えない。)
 雲雀は薄暗がりの中、獄寺のヌードに目をこらすが、見えるのは細いシルエットだけだ。

(なんか目をひかれるんだよな。この子。)

 夕方、沢田の家の2階に乗り込もうとした際も、草食動物のメスの群れの中で、半裸の獄寺の姿だ
けが目に飛び込んできた。何故、下着姿のメスの群れの中に半裸の獄寺が混じっていたのか、その
状況は理解し難いが興味も無い。

「よっしゃー。」
 ざぶっと肩まで海に漬かった獄寺が、たんこぶ岩に向かって泳ぎはじめた。

 ざわーん。
 ざっぱーん。

「・・・・流し雛なら、雄雛と雌雛、揃えた方がいいかな。」

 雲雀は、待っているだけなのはつまらない気がしてきた。海の中で脚を引っぱったりした方が楽しそ
うだ。
 泳ぎは得意だし、並盛海岸の海流も熟知しているので、たんこぶ岩に着く頃には追いつくだろう。
 雲雀は制服を脱いで畳んで、夜の海に向かった。


「さ、さみい。」
 たんこぶ岩に辿りついて獄寺は海から上がった。
 夏に泳いだ時ほどスピードが出ずに時間がかかっている気がする。水が冷た過ぎて筋肉がうまく動
かないせいだ。
 つってしまいそうな脚のストレッチをするため、ひとやすみするつもりだった。
 
「うー、カチカチだ。」
 岩に座ってふくらはぎの筋肉をさすると、つけっぱなしだった指輪が皮膚にあたって擦れて痛い。無
くさないように一つづつはずして、岩のくぼみにまとめて置いていくと、左手の薬指の問題の指輪が残
った。

(まあ、誰もいないし、大して変わるわけでもないし、いいか。)
 獄寺は指輪をはずした。

 ふわあん。
 風になびく長いふわふわの銀の髪は、どういうしくみになっているのか謎だが、水には濡れていない。

「やった。タオルがわりになる~。」

 乾いた髪で冷えた脚の水気を拭おうと、膝を折って体を小さく丸めた時、ガシっと肩を握られた。

「何それ?」
 真後ろから、雲雀が獄寺の両肩を掴んでいた。

「か、髪の毛、デス。」
 マズイ。獄寺は焦った。

「何で急に伸びたりするの?」
 しかし明かりもない闇の中のこと、雲雀は獄寺の体の方の変化には、気づいていないらしい。誤魔
化してしまおう。

「コツがあるんだ。」
「コツ?」

 獄寺はヤケクソ気味に雛祭の歌を歌った。

「あかりをつけましょ ばくだんにー」 

 歌いながらこっそり岩のくぼみに手を伸ばし、指輪をはめる。

「おはなをあげましょ どくのはなー」

 腰ほどまであった髪が、一瞬にして肩までの長さに戻る。

「ふうん。面白い芸当だね。」

 雲雀の手が肩から外れて、獄寺はほっとと息をついた。

 ざわーん。
 ざっぱーん。


「女の子の時だけ髪が伸びるんだ。」


 ・・・・・誤魔化せて、ない。

 

 




2009/04/09






 

 

 

 

 

 

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