5月5日のハンバーグ



 インドカレーを作りに来て以来、雲雀はしばしば獄寺の家を訪れるようになった。それ以前から、雲
雀は獄寺の家を勝手に町内パトロールの中継及び補給地点にしていて、獄寺の在・不在に関わらず
に窓から侵入しては飲み食いなどをしていたのだが、今では獄寺の在宅時を狙ってやってくる。


「うわわ。またいた。」

 獄寺が帰宅して玄関を開くと、ちょうどのタイミングで、向かいの窓から雲雀が入ってくるのが見え
た。

「ただいま、獄寺。」

 雲雀は慣れた様子で片足づつ靴を脱ぎながら、窓から降りてくる。

「ただいまじゃねーよ。ついさっきまで顔あわせてたんだから、一緒に玄関から入って来りゃあいいの
によ。」

 ツナと山本と下校中にたまたま雲雀に遭遇し、例によって群れた草食動物は嫌いだと咬みつかれそ
うになったから、逃走してきたところだというのに。

「おかえり、ヒバリ。」

 呆れつつも獄寺は雲雀の靴を受け取って玄関に運んでやった。


 こんなことが度重なるものだから、獄寺は雲雀に合鍵を渡すことにした。学校の帰りに合鍵を作って
部屋に戻る。今日来たら雲雀にやろうと考えながら、鍵穴に鍵をいれた。

「?あれ?」

 鍵が回らない。 
 鍵を間違えたかと確認していると、内側からドアが開いた。

「おかえり、獄寺。」

 雲雀が中から顔をのぞかせた。

「ただいま。」

(先に雲雀が窓から侵入してきて、内側からドアの鍵を開けていたから、鍵が開かなかったのか。)

 そう思いながら中に入ると、雲雀の手が何かを差し出している。

「ドア、替えたから。はい、これが新しい鍵。」

 キランと光る新品の鍵。

「わあっ!ここ賃貸だぞ。勝手にドアなんか替えられないぞ!」

 叫びながらも獄寺は鍵を手にした。無いと真剣に生活に困る。

「ご心配なく。オーナーチェンジでこのマンション買い取ったから、風紀委員会が大家だよ。」

「冗談だろ・・・。」


 そんな具合で、獄寺の生活は雲雀に侵食されつつある。


 5月1日の夜、GWの開始前日、雲雀は枕持参でやってきて言った。

「今日からここで寝るから。」

 獄寺はもう、雲雀のマイペースっぷりには耐性ができていた。いやだと言ったところで、聞く耳をもた
ない。これまでも、宿泊したことはなくとも、飯を食ったり風呂を使ったり、夜遅くまで居座っているの
だ。

「お前はソファで寝ろよ。」

「僕は君のベッドでいいよ。」

「果てろ!」



 連休初日、5月2日は家具屋にベッドを選びに行った。シングルベッドに2人で寝るのはさすがにき
つくて、雲雀も懲りたらしかった。
 獄寺が2段ベッドを見ているうちに、雲雀がダブルベッドを買っていた。

「部屋、狭めえのに。」

「なら、広くしよう。」

 部屋に帰るや、雲雀は空き部屋だった隣室との間の壁をトンファーでぶち抜いた。マンションが風紀
委員会の所有だというのは、冗談でなかったらしい。
 壁の廃材を運び出したり掃除したりで、その日は終わってしまったが、夜までに新しいベッドが届い
たので、獄寺は安眠することができた。



 連休2日目、5月3日は部屋の模様替えをした。広さが倍になったリビングの家具を、獄寺があっち
に移したりこっちに移したりしているうちに、雲雀は飽きてしまったのか出かけてしまった。

「わがままな野郎だなあ。」

 その晩、雲雀は戻らなかった。
 突然広くなった部屋に1人きりで残されて、獄寺は雲雀の枕を抱えて大きなベッドにゴロンゴロンと転
がってみた。

「雲雀、なんかあったのかな?」



 連休3日目、5月4日の夜中になって、雲雀は帰って来た。
 雲雀はスルスルとベッドに入ってきて、寝ていた獄寺の手に触れた。

「あれ?おかえり、雲雀。」

(どうして手なんか繋ぐんだ?)

 獄寺はそう思ったものの、眠気で重たい瞼を閉じた。

「おやすみ、獄寺。」



 連休4日目、5月5日、2人でスーパーへ食料品の買い出しに出た。

「そういえば、お前、誕生日だったよな。ケーキ買うか?」

「僕はいらない。君の分だけ買ったら。」

(主役が食べないのに、オレだけバースデー・ケーキは変だよなあ。)

 獄寺は考えた末、ロールケーキと苺を買うことにした。気まぐれな雲雀が後でやっぱりケーキが食べ
たいと言い出したら、即席でデコレーションしてやろう。

 気づけば、雲雀が持つ買い物かごには、大量の肉のかたまり、食パン、玉葱、卵が入っていた。

(何か作るのかな?)


 帰宅すると、雲雀はすぐにキッチンに立った。

「オレも手伝おうか?」

 料理をしない獄寺には、雲雀が何を作ろうとしているのかわからない。

「じゃあ、食パンを全部切り分けて。」

「オーケー。」

 獄寺が苦労して食パンを切りわける隣で、雲雀は玉ねぎを超高速で刻んだ。全部みじんにしてしま
うと、食パンも同じく細かく刻む。フード・カッター不要だ。

 ドッ・ドッ・ドッ。

「もう、君はいいよ。あっち行ってて。」

 獄寺がキッチンを出て行くのを見届けてから、雲雀は肉のかたまりを包丁でミンチにした。

 ドッ・ドッ・ドッ。

 およそ調理の音ではない。

 肉に粘りが出るほど細かく刻むには、時間がかかったが、雲雀にはいいストレス解消だった。

 すべての材料を巨大なボールに入れて混ぜ込む。

(どうして。)

 グッチャ・グッチャ。
 ネッチョ・ネッチョ。

(何日も一緒の部屋にいるのに。)

 グッチャ・グッチャ。
 ネッチョ・ネッチョ。

(ひとつのベッドで寝てるのに。)

 グッチャ・グッチャ。
 ネッチョ・ネッチョ。

(どうして、手をつなぐことさえもやっとなんだっ!)

 グッチャ・グッチャ。
 ネッチョ・ネッチョ。


 その夜のメニューはハンバーグ。

 

 

 

2009/05/05

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