模様替え続行中



 獄寺の住まいはボンゴレの方から支給された高級マンションで、もとは3LDKだった。一人暮らしの
中学生には贅沢過ぎる、というのは日本人の感覚。大富豪の子息で城育ちの獄寺は、住居は広け
れば広いほど上等で使い勝手が良いという考えだった。雲雀が隣室との境の壁をぶち抜いた時には
驚いたが、居住スペースが広がったことは喜んでいる。


 5月6日。
 獄寺が昼近くになって起床すると、雲雀の姿はなかった。昨夜はハンバーグの食べ過ぎで胃がもた
れて寝つかれず、夜更かししていたために寝坊した。
「雲雀のせいだ。」
 せっかくの連休最終日の半日を寝過ごしてしまったのも、雲雀が出掛けたことに気づかなかったの
も、責任はハンバーグを作り過ぎた雲雀にある。
 自分で焼いたら昨夜よりはるかに固く味気ないハンバーグを食べてから、獄寺は模様替えを開始し
た。

 倍の面積になったダイニングキッチンとベッドルームは、3日に既に家具の移動を済ませてある。隣
室との壁に面していなかった4Lが手つかずなので、今日中に片づけてしまいたい。

「ふわわ。」
 獄寺はあくびをかみしめた。雲雀が何時に起きたか知らないが、獄寺の就寝時に雲雀はまだ読書し
ていたから、雲雀はきっと睡眠不足だ。


 まず1部屋めはダイナマイトの貯蔵及び手入れルームだ。段ボールごとダイナマイトを運びこんで積
み上げる。

「同居じゃねえし。」
 1日の夜、雲雀は「今日からここで寝るから。」と言った。「ここに一緒に住む」とは言わなかった。雲
雀にとって一人暮らしの獄寺の住まいは、メンテナンス不要で都合のいい町内パトロールの中継及び
補給地点だった。泊っていくようになったのは、休息所の機能を追加したに過ぎないのだろう。
「いない方が普通。」
 空調をダイナマイトの適温適湿度に設定して終了。


 2部屋めはクローゼットルームにした。衣類とアクセを運びこんでいたら、買った覚えはないが見覚え
はあるシャツが出てきた。
「雲雀のか。」
 別にしておこうと出してみて、それからまた自分の衣類と一緒に仕舞う。
「宿泊代だ。着ちまえ。」


 3部屋めは書斎。本棚に愛読誌『世界の謎と不思議』を創刊号から順に並べ、ツチノコ目撃地点に
印がついた日本地図を貼る。そこまでは良かったが、うっかりバックナンバーを読み耽ってしまった。


 4部屋めの作業中に空腹を覚えたが、もうハンバーグには飽き飽きだった。何かあっさりしたものを
買いに コンビニに行きがてら、残りのハンバーグおよそ30枚を大家族の沢田家へ献上してしまおうと思
いつ く。


 ピンポーン。
「こんばんは、いつもお世話になっております。獄寺です。」
「はーい。今、行きまーす。」
 インターホンから奈々の声がして獄寺は安心した。ビアンキの手に渡ったら、たちまちポイズン化し
てしまう。

「おとといは遅くまでお邪魔いたしました。これ、よろしければ皆様でお召し上がり下さい。」
「たくさんね!獄寺君が作ったの?」
「いいえ、雲雀ですが、オレ、見るのも嫌になっちまったんです。あんまり食べ過ぎて。」
「あらあら、それなら遠慮なくいただきます。御馳走様。獄寺君、ちょっと待っててね。」

 数分後、奈々は紙袋を携えて戻ってきた。
「獄寺君こういうの見るの好きよね?うちの分は取ってあるから、これはあげる。」
「はい!大好きです!ありがとうございます!」
 獄寺は深々と礼をして沢田家前を辞した。


 その夜、雲雀は寝には来なかった。



 翌、5月7日。連休が明けた。
 獄寺はその日の授業中、頻繁にあくびをしながらも、夢見心地のうっとり顔で、時々、ニマニマ思い
出し笑いをしていた。
 そんな獄寺を、昼休みになるが速いか、ツナと山本が左右から挟む様にして教室から引っ張り出
す。

「どうされましたか、10代目?離しやがれ、山本。」
 連れて行かれた先は、告白やら喧嘩やらのメッカ、体育倉庫裏だった。

「獄寺君、雲雀さんと仲直りできたの?」
「どうやって仲直りしたのな?」
 手を解くやツナと山本が矢継ぎ早に訊いてくるその内容に、獄寺はぽか~んとする。
「雲雀?仲直り?何のことですか?」

「しらばっくれないでよ。昨日、母さんに話してたの聞こえちゃったんだ。」
「獄寺が、雲雀のこと見るのも嫌だって言ってたのな。」
「はあ?!山本、てめえ昨日も10代目のお宅にお邪魔してたのかよ!」
「なのに、今日の獄寺君は寝不足だし、ふわふわしてるし。」
「昨夜、雲雀と仲直りエッチしたのな?」

「果てろ!」
 ボン!!
 獄寺のボムが炸裂した。

「学校でボムを投げるなって言ってるだろっ!獄寺君!」
「獄寺、ほんと花火が好きだよな。」
 攻撃をうまくかわしたツナと山本が、獄寺を再び両脇から取り押さえる。

「山本、てめえ、絶対殺してやる!10代目手を離して下さい!」
「ダーメ。オレも教えて欲しいから。ねえ、どうして雲雀さんとそんな関係になったの?」
「なんかの間違いです!10代目!」
 ここでほんの少しの間。
「・・・やらしいな。なんかの間違いで雲雀とエッチしたのか。」
「?!!」
 獄寺はもう言葉も出ずに、口をぱくぱくさせるのみ。

「どこか座れるところで、ゆっくり話を聞かせてもらおうか。」
「ツナ、時間がねえから屋上で昼飯食いながらにしよう。」

 3人が移動して行った後、体育倉庫の角の向こうからふらりと雲雀が現れ出た。

「ゴクデラガ、ヒバリノコトミルノモイヤダッテイッテタ。ゴクデラガ、ヒバリノコトミルノモイヤダッテイッテタ。」
 頭上でヒバードが、ポイントだけをかいつまんで繰り返す。

「・・・見るのも嫌・・・」
 炎天下の炭酸水のように、ぷしゅうしゅわしゅわ、雲雀から何かが抜けていった。



 一方、3人組はと言えば、ツナが弁当を広げた時点で問題は一応解決した。

「あ、10代目、そのハンバーグ、雲雀が作ったんですよ。」
「ええっ!雲雀さんが作ったの!オレ昨夜食べちゃったよ!」
「オレもツナんちで食わせてもらったのな。普通に美味かった。」
「雲雀がアホほど沢山ハンバーグ作りやがって、食い飽きちまって。」
「あ。もしかして、見るのも嫌って言ってたのって、」
「ハンバーグのことだったのな!」

 しかし、獄寺はまだまだ質問攻めから解放されはしなかった。
「で、どうして雲雀さんが作ったハンバーグを君が持ってたの?」



 5月7日の深夜、雲雀はこっそり獄寺のマンションへ忍びこんだ。と言っても、壁を壊してつながった
隣の部屋側の玄関から鍵を使って入るのだから、窓を通用口にするより、よっぽど正しい。

 3人トリオの話を立ち聞きした後、雲雀からしゅわしゅわ抜けていったのもの、それは自信だった。獄
寺から拒絶されていない、嫌われていない、という自信。自分勝手、自由気ままに獄寺の私生活を侵
食していたつもりだったのに、根底にそんな感情があったとは。失われた後に大事なものだったのだ
と気づくという、典型的なパターン。

「どうして僕がこんな真似を。」

 ダイニングキッチンを抜き足差し足で通り抜け、ベッドルームへ向かう。
 自身喪失後の雲雀は弱気になっていた。獄寺に嫌な顔をされるくらいなら、もう会いたくない。しか
し、なし崩しに獲得した獄寺とひとつのベッドで眠る権利、獄寺の寝顔を見る僥倖を、今更放棄できな
い。

「見るのも嫌だって言うんなら、見られなければいい。」

 雲雀は獄寺が寝た頃を見計らいベッドにすべりこむ気なのだ。そして獄寺が目覚める前に出かける
つもり。

「まだ寝てないか。」
 ダブルベッドはもぬけのからだった。夕方からずっとマンションの入り口で張っていたから、獄寺は学
校から戻って以後は外出していない。在宅しているのは確かだ。バス・トイレを使う音はしていない。
それなら残る4部屋のどこかに獄寺はいるのだろう。
 獄寺が就寝するまでは、もとは隣の部屋に属していた使用していないバスルームに潜んでいる予定
だ ったが、獄寺の所在は把握しておきたい。雲雀は4部屋を巡回することにした。

 気配を殺し、ドアの隙間から1部屋ずつチェックする。
 1部屋めは、段ボールの山とかすかな火薬の匂い。獄寺はいない。
 2部屋め。ここはどこの服屋だ。獄寺はいない。
 3部屋めは、書斎らしい。やはり獄寺はいない。
 そうなると、4部屋めは確認する必要はないはずなのだが、獄寺が何をしているのか知りたい、その
姿を見たいという思いが起こり、雲雀は4部屋めのドアをそっと引き開けた。

「ワオ。」
 部屋の中の状態に驚愕した雲雀は、思わずドアを全開した。

「よう、雲雀。どうだ凄いだろ?10代目資料室だ!」
 それはマニアの部屋だった。沢田綱吉の写真が、出生直後から現在まで順を追って壁中に展示さ
れている。年代ごとに当時の社会及びマフィア情勢が記入してあるのが、本気度高い。今もスキャナ
とプリンターの稼働音がしており、死ぬ気のツナの自家製ポスターを印刷中だ。

「言っておくが、盗み撮りはしてないぞ。最近のはリボーンさんが売って下さったり、お小さい頃のは
10代目のお母様からいただいたりしたものだからな。」
 無論、奈々は獄寺が10代目マニアとは知らない。獄寺がツナのアルバムを開く都度に楽しそうな顔
をするのは、日本の子どもの成長儀礼や学校生活に興味があると思っている。

「いつか10代目の偉業を称えて記念館をつくらないとならないから、その準備だ。」
 きらきら。獄寺の笑顔が眩しくて雲雀は瞬きした。その笑顔が見るのも嫌な相手に向けられたもの
だとは、雲雀には思えなかった。動物的な直感で。確かに、獄寺はツナの写真に囲まれているから嬉
しいだけではなく、資料室を雲雀に見てもらえたことを喜んで笑っていた。

 雲雀はたちまち自信を回復させた。

「君がどんなに沢田綱吉に執着していようが、僕は関知しないよ。」
「そうかよ。」
 雲雀の冷めたい口調にも獄寺の上機嫌は損なわれない。刷りあがったばかりのツナのポスターに目
を細めている。

「だけど、一つだけ苦言を呈しておく。」
「なんだよ?」
 獄寺はまだ笑顔。ポスターのツナの死ぬ気の炎を指でそろそろと撫でていた。
 
「同居人に断りもなく全部屋を一人で使うって、君ってどうかしてない?」
「・・・え?」
 ゆっくりと、獄寺が雲雀に顔を向けた。服を脱ぐように顔から笑みが去っている。素の獄寺の顔。きら
きら成分がなくなったけれど、雲雀はその顔も嫌いではない。

「頼む。今の、もう一回言ってくれ。」
「だから、同居している僕がいるのに、君一人で全部屋占拠しないでよ。」

 その時、ぱあっと花開くように獄寺が笑った。

「わかった。どの部屋がいい?すぐ片づける。」

 いとしいかなしいいとおしい。
 再び雲雀は弱気になった。正しくは惚れた弱みが強気を圧倒した。

「いいよ。書斎を使わせてもらうから。」

 


2009/06/24

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