マニアの基本

 

 ある日、喉が渇いた雲雀は通りがかった獄寺の家に、雲雀専用通用口たる窓より侵入して、水を飲
んでいた。
 獄寺が在宅であれば茶を淹れさせたのに水道水はおいしくないと、無造作にカップを置いたらガチャ
リと割れた。

「わ。」

 いつもならカップの1個2個、人間の1人2人壊したところで気にとめない雲雀だが、今日はそのま
まにはできなかった。

「片づけよう。」

 そのカップは、獄寺がツナから誕生日プレゼントに貰ったものだと、見せられたことがあったのだ。

「これ、10代目がオレに下さったんだ。ホント、これだけなんだよな。10代目から頂いたモノっ
て。・・・・・もっと大切なものを沢山頂いているから贅沢言っちゃいけねえんだけど。」

 獄寺がとろんとした目でそのカップを見つめていたのにムカついて、ひどく咬み殺してやった記憶が
ある。

 雲雀は割れたカップをトンファーで粉砕し、粉末状にしてから流しに捨てた。
 蛇口を開ければ水道水に流されて、さてはすっかりと完全証拠隠滅完了。
 獄寺も、欠片が有ったら壊れたと思うところだろうが、何も無ければどこかに置き忘れたと思うに違
いない。

 その時、雲雀にとっての珍現象が起きた。

「なにこれ。」
 左胸部上方の肋骨に納まる循環器系主要臓器が、チクチクチクチク責めたてる。

「うそ。」
 良心の呵責。

 雲雀は自らの心理的変化に驚くと同時にその現象を面白く感じた。

「へえ。」
 ムカつきとは違って直接的に外部の対象物に及ぼすパワーはないが、自らの内に置いた焦点を用
いて外への威力を発揮する。

「ふうん。普段できないことができるかもね。」


「お帰り、獄寺隼人。」
 ツナの家で、ツナと山本に算数と英語を教えて戻った獄寺を、雲雀が家で出迎えた。

「げっ。お前また窓から入ったな!」

 参考書を放ってボムの着火準備をする獄寺に、雲雀はきらめく歯列をのぞかせ笑みを向けた。

「食事にする?風呂にする?それとも僕?」
 エプロンが獄寺の色気のないサロンタイプであったのは幸いだった。
 ポトリ。獄寺の手からボムが落ちる。

「な、な、なんの真似だ。」
 獄寺は壁にすがった。

「マネ・・・新婚かな?」
 雲雀の表情筋はなめらかで美麗な笑顔をかたちづくってはいるのだが、その両の目は、普段獄寺を
咬み殺す時と同様に、楽しくてたまらないと言っていて、怖い。

「ま、冗談は抜きにして、汗流しておいで。食事はもう少しで用意できるから。」
 雲雀はくるんと背を向ける。

「冗談?雲雀が?」
 獄寺の顔がひきつれる。


「今日は君がテレビで見て気にしていた、インド料理にしてみたよ。」
 今日は、って。
 今まで雲雀が獄寺に手料理を披露したことなどない。
 雲雀が無理に獄寺に、ラーメンやそばを作らせることはあっても。

「へえ。料理できたんだ、ヒバリ。」
「レシピがあれば誰だってできるでしょ、料理なんて。」
 言うことは憎たらしくて良かったなあと、獄寺は安心する。

「あ。美味しい。本場っぽい。」
 おそるおそるグリーンカレーを口に運ぶ獄寺に、雲雀がナンをちぎって渡す。

「これは買ってきたのを温めただけだけど、結構いけるよ。」
「・・・・ん。」
 毒を食らわば皿までの精神で食事を進める獄寺を前に、雲雀は笑みを絶やさない。

「かっからっ。」
  レッドカレーを一匙口に入れて、ひーと口を開く獄寺を見て、雲雀は水を用意していなかったこ
とに気 づいて立ち上がる。

「水、氷、カップ。」
 カップ、割れちゃったの、気づかないといいな。
 ささくれた指先を気にして触ってしまうのと同じ感覚で、雲雀は覚えたての罪悪感の塊に触れて面
白がる。
 ワオ。このうちあのカップしか無かったんだ。

「あ、カップみつからないか?じゃあ、その棚の2段目にあるから頼む。」
 雲雀は獄寺の言う棚を開いた。

「・・・・なにこれ。」
 そこには先ほど雲雀が割ったものと、寸分違わぬカップが1列に並んでいた。

「10代目に頂いたのと同じデザインの。オリジナルはもったいなくて使えないから。」

「オ、オリジナル?」
 雲雀の舌がもつれた。

 あれ、これもまた新しい感覚だ。
 雲雀は怒りたくなるような嬉しいような叫びだしたいような悲しい気分に襲われていた。

「ああ。ボンゴレの隠し財産用の金庫に保管してある。」

 レプリカのカップでおいしそうに水を飲む獄寺を見ているうちに、雲雀は自分は案外普通に真面目に
一途に、獄寺隼人を好きなんだなあと気づいた。

 


 

2009/03/11

リクエスト 獄がビビるぐらい優しいバリ様

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