5月5日は



 4月下旬にはいったある日、獄寺のもとにハルから、5月5日の夜に女の子だけで集まろうと誘いの
電話が入った。

「まず第1部は、昼間から集まれる人で、ツナさんのうちでランボちゃんのお節句をお祝いします。こっ
ちはもちろん男の人も参加オーケーですよ。
 続いて第2部は、並盛湯に6時に集合して菖蒲湯に入ってから、ハルのうちで3日のハルのお誕生
祝いを兼ねたパジャマ・パーティーを開催するのです。獄寺さんも鳩ちゃんになって来てください。」

 左手薬指の指輪を外すと女の子になるという獄寺の秘密を知って以来、ハルは度々獄寺を女の子
だけの集まりに誘いをかけてくるのだが、獄寺がそんな誘いに乗るはずはない。獄寺にとって、3月3
日の変身は単なる事故だ。生まれてこのかた14年ずっと男だったのに、たった半日の間女の子でい
たからといって、女扱いされるのは不本意極まりない。

「行くわけねーだろ、馬鹿。だけど、ショウブユって何だ?」
「5月5日は菖蒲の節句なんですよ。知らないんですかー、獄寺さん。」
「知らねえ。」
「菖蒲の葉っぱをお風呂に入れると、魔除けになるんだそうですよー。菖蒲を、尚武や勝負にかけてゲ
ンをかついだりー。」
「魔除け。」

 興味をひかれたらしい獄寺の声に、ハルは再度の誘いをかけた。

「じゃあ、鳩ちゃんが行かれないんなら、獄寺さんはツナさんやランボちゃんたちと並盛湯に行くといい
ですよ。」
「考えておく。」

 返事はつれなかったが、獄寺はしっかり行く気になっていた。
 銭湯か。久しぶりに10代目のお背中をお流ししよう。そうしよう。男じゃなきゃ一緒の風呂に入れな
い。女になんかなってたまるか。先約があるから第一部には参加できないが、夜には並盛に帰って
来られるだろう。
 5日は、なんと雲雀の付き添いで、江戸時代にサムライが切腹した場所を見学に行くことになってい
る。その後に魔除けの湯ならちょうどよい。


 この2か月、雲雀とハルが獄寺の秘密をたてに、脅したり無理難題を吹っ掛けてきたりすることはな
かった。ハルは獄寺の秘密を握っているという、事実だけでも楽しいらしい。一方、雲雀は交換条件と
して婚約してしまっているので、口外される心配は多分ない。

 3月3日の夜、並盛海岸沖のたんこぶ岩上で婚約した後、2人は岸に泳ぎ戻り服を着て帰り
のバスに乗った。拭くものがなくて湿った服が寒かった。隣あって座った雲雀の体温が温かくて心地
よかった。
 他に乗客のいないバスの中で、雲雀は獄寺の秘密を知っている者は、他にいるのか訊いてきた。

「ハルとクロームとイーピンだけだ。」
「そう。他にはもう誰にも知られないようにしないとね。」

 雲雀は嫌がらせのつもりで婚約をもちかけたのだろうけれど、その一言で獄寺は雲雀を信用し
た。

 その後、雲雀は並盛中学を卒業して並盛高校へ進学したが、卒業後、獄寺は雲雀の姿を見ていな
い。春休みが明けてから、応接室の扉は開けっ放しになっていて、前を通る度に、なんとなく中を覗き
込んでしまいそうになる。

 とはいえ、雲雀がたまに電話をかけてくるので、声だけは聞いているのだった。

「ばれてない?」
「大丈夫、大丈夫。」

 獄寺よりも雲雀の方が、秘密が広まることを心配しているような気さえする。

「ねえ、ラテン語とイタリア語って似てるの?」
「さあ?相当違うらしいけど。」

「ロミオとジュリエットって、14と16なんだってね。」
「そうだってな。今じゃ、イタリア男性の平均結婚年齢は、30代後半だってのに。」

 たわいのない話をする日もあったが、通話時間は大概短い。根城を高校へ移したばかりの雲雀は
忙しいらしかった。


 ハルから誘いの連絡が入る数日前、雲雀はめずらしく獄寺に秘密の確認以外の話をした。

「5月5日、イタリア大使館へ行くよ。」
「なんで?」
「用事がある。
・・・君、忠臣蔵は知ってる?赤穂義士四十七士のうちの10人切腹した松平隠岐守の中屋敷が、今
ではイタリア大使館になってるんだ。」

 獄寺は考えた。
 3月3日、雛祭に招待しておきながら締め出してしまったことを、雲雀はまだ根にもっているのだろ
う。たんこぶ岩までの寒中水泳で埋め合わせはしたが、雲雀の気は済んでいないかもしれない。連休
は暇だ。久しぶりに雲雀の顔を見たい気もする。

「わかった。だけど交通費はお前もちな。」
「もちろん。パスポートを持って来てね。」

 雲雀の声に嬉しそうな響きがある。それほどサムライの切腹跡地が見たいのか。雲雀にそんなマ
ニアックな趣味があったとは知らなかった。獄寺自身も他人からは妙だといわれる趣味があるが、サ
ムライのハラキリ現場の何が面白いのかは、さっぱりわからない。雲雀ってやっぱり変な奴だ。獄
寺は改めてそう思った。



 さて、5月4日の夜、とはいってもまだ午後6時。獄寺は雲雀からの電話を沢田家で受けた。例によ
って、ツナと山本に勉強を教えていたのだ。

「じゃあ、明日9時に沢田の家。パスポート忘れないでね。」
「え?」

 獄寺は、雲雀が自分の居所を知っているのかと驚いた。

「お風呂セット持って行ったら、荷物になるでしょ。沢田のうちに預けて行くよ。」
「えっ!お前も参加すんの!」

 獄寺の叫びに、ツナと山本が何事かと視線を送って来る。群れるのを嫌う雲雀が、みんなと一緒に
銭湯に行く気になるなんて予想だにしていなかった。

「君の裸を他の男が見るのなんて、気が気じゃない。」
「あの???オレ、オトコノコなんですけど?」
「だけど、僕もオトコノコだからね。君の裸体を鑑賞する機会を逃すわけにはいかない。」
「おい!?わけわかんねーぞ、ヒバリ!」
「じゃあ、寝坊しないでね。」

 通話は一方的に切られた。

(裸体ってなんだ!男湯に指輪を外してはいるわけがないだろうが!)

 ツナと山本がいなければ、こちらから電話して叫んでいるところだ。

(雲雀め。変にも程があるだろう。)

「今の雲雀さんなの?」
「電話連絡してんの?雲雀と?」

 ツナと山本は興味津々だった。

「たまにかけてきますよ。あいつの携帯番号、ご存知なければお教えておきましょうか?」

 ツナは獄寺の差し出す携帯を受け取ると、ポチポチと操作した。

「・・・これ見て、山本。」
「毎日、雲雀から着信あるのなー。」

 画面には着信記録が表示されていた。

「たまに、じゃないじゃない。獄寺君。」
「え?雲雀、そんなに電話してきてますか?」

 驚く獄寺に、ツナと山本は不思議なそうな顔をする。

「雲雀さんと仲いいんだね?」

 疑問形のツナに獄寺も疑問形で応えた。

「・・・・・さあ?」



 5月5日の朝。獄寺が沢田家から出てくる前に、雲雀は外で待っていた。

「おはよう。」

 久しぶりに見た雲雀はやっぱり学ランで、獄寺はなんとなく可笑しくなる。並盛高校だって並中と同
じで、制服はブレザーだ。ヒヨコ柄のプラスチックの風呂桶を持っているのが、また笑える。
 
 笑顔の獄寺に対し、雲雀はムスっとしていた。

「沢田の家に泊まったの?」

 久しぶりだなとか、元気だったかとか、今日はよろしくとか。社交辞令は一つもなしだ。
 獄寺も雲雀の態度にムッとした。何故、10代目のお宅に泊まることを、雲雀にとがめられなければ
ならないのか、さっぱりわからない。

「泊まったら、どうだってーんだよ。」

 それは嘘だった。風呂桶とタオルを中に預けてきただけだ。ビアンキがいる家で寝泊まりなんか、危
険でとてもできない。


「チャオス、雲雀。」

 ここでリボーンが現われなかったら、雲雀と獄寺のこの日、いや一生は違った展開になっていたかも
しれなかった。

「ハッピーバースデー、雲雀。てめえも16だな。16といったら、イタリアなら飲酒ができる。」

 リボーンは雲雀に書類が入っているとおぼしき封筒を渡した。

「ほら、頼まれてたもんだ。ボンゴレはお前を歓迎する。有意義に使え。」
「恩に着るよ、赤ん坊。」

 雲雀は上から封筒の中身を覗いて微笑んだ。

 獄寺はその雲雀の顔を見てドキリとした。

(??)

 何故ドキリとしたのかわからず、獄寺は戸惑った。

(なんだこれ??)

 ともあれ、リボーンの登場で険悪になりかけた空気が変わった。
 雲雀が風呂桶を沢田家に預けると、2人は予定通り出発した。

 並盛駅に向かう途中、雲雀は一軒だけ寄りたいところがあると言うので、獄寺も同行した。行先は
並盛カトリック教会だった。

「雲雀、教会からも上前はねてんのか?」
「まあ、昔からいろいろと便宜を図っているからね。」

 祭日ではあっても日曜でないせいか信者の姿はなかった。教会といっても作りは民家と大差なく、
獄寺がこども時代に暮らした城に付属した礼拝所の半分の大きさも無い。

「久しぶりだな。教会なんて。」

 外で待っていると、すぐに雲雀が戻ってきた。リボーンから受け取ったものとはまた別の封筒を持っ
ている。

「お待たせ。行こう。」 



 並盛駅から特急に乗った。
 雲雀は文庫本を出してきて読みはじめた。イタリア大使館に入るのに付き添いは必要でも、群れた
り慣れあったりする気はないという意思表示なのだろう。獄寺にもこれといって雲雀と語りあいたい話
題もない。獄寺は下を向いて寝た振りをして考えた。

(リボーンさん、誕生日プレゼントに雲雀に何を贈ったんだろう?)

 今日が雲雀の誕生日だとは知らなかった。何かやった方がいいんだろうか。今日一日、イタリア大
使館に付き添ってやるので、十分な気もするが。何しろ片道2時間半の道のりなのだ。
 
 特急を降り、新幹線に乗り換える。腹が減ったなあと思っていたら、雲雀が駅弁と茶を買ってくれて
いたのでありがたくいただいた。食べ終えたら眠くなって、今度は本当に寝てしまった。
 
 目が覚めた時、獄寺は雲雀の肩に寄りかかっていた。

「あ、悪い。」

 獄寺は慌てて雲雀から離れて座り直す。

「別に。」

 雲雀は気分を害した様子もなく、一度本を閉じて姿勢を正した。文庫の背に「忠臣蔵」の文字が
見えた。

(よっぽど楽しみなんだなあ。)

 獄寺自身にはハラキリ現場になんの興味も沸かないが、雲雀がこうして楽しそうにしているのを見て
いると、どこかほのぼのとした気分になってくる。イーピンが雛祭を楽しんでいるのを見ていて、嬉し
かった感じと似ている。

(?)

 ドキリ。

(そうか。リボーンからプレゼントもらって笑ってる雲雀のこと、オレ、可愛いと思ったんだ。)

 獄寺はその事実に驚いて、雲雀の横顔をまじまじと見てしまった。

(可愛いか、この男が?凶暴で自分勝手な論理を振りかざして変なことを言いだす、このわけのわか
らない雲雀が?)

「どうしたの?」

 獄寺の視線を感じた雲雀が顔を上げ、真正面から獄寺を見据えていた。

「あ。」

 ドキリ。
 獄寺は口ごもった。お前のどこが可愛いのかを考えていましたなんて応えられない。それに。

(あんま近くで、その目で見ないで欲しい。)

 ドキリ。

「大丈夫?」

 雲雀の顔がなおさら近くに寄せられて、獄寺は焦った。

「ああ、あーあ!タバコ吸いてえ!」
「もうすぐだから我慢しなよ。」

 雲雀はほっと息をついてまた本を読みはじめた。



 新幹線を品川で降りて山手線に乗り換え、田町駅で下車すると既に12時半。駅前のコーヒーショッ
プで軽食をとることにした。獄寺は喫煙席に陣取って早速一服しはじめた。

「駅も車内も禁煙じゃ、ストレスで喫煙者が早死にするぜ。」

 その時、雲雀は雲雀で自分の思考に集中しており、獄寺の喫煙をとがめる余裕はなかった。

「頼みがあるんだけど。」
「ん?」

 雲雀の表情が深刻そうに見えたので、獄寺は煙草を灰皿に置いた。

「誕生日プレゼントのかわりに、大使館にいる間、指輪をはずしていて欲しい。」
「やだ。」

 獄寺は即答した。

「男女のペアで行けば、特別な花を貰える。」

 雲雀は獄寺に断られても食い下がった。

「このままの君を、女性だと主張するには無理がある。」
「あったり前だ!」

 獄寺がガンとテーブルを叩いた音で、周囲の客の迷惑そうな顔をむける。

「それなら、並盛へ帰る。」

 雲雀はふいっと顔を背けて立ち上がった。

「おい!ここまで来て、それはないだろ!」

 獄寺も立ち上がって、雲雀の手を掴む。その際にテーブルの脚を蹴ってしまい、テーブルが横へズ
ザザとずれる。

「その花がそんなに欲しいのか?」
「欲しい。」

 落胆のために雲雀の肩が落ちている。それ以上肩が下がったら、学ランが滑りおちてしまう。獄寺は
妙な心配をしながら雲雀を引きとめた。雲雀が楽しみにしていたのを知っているから、ここで帰すのは
嫌だった。

「わかった。大使館の中でだけだ。そのかわり、帰りの電車ん中で食う弁当も10代目への土産もお
前持ちだ。」

 雲雀は獄寺の条件を聞いて、少し笑った。

「ありがとう。」

 獄寺は耳を疑った。雲雀からそんな素直な感謝の言葉を聞けるとは思わなかった。

「じゃあ、行こうか。」



 田町駅から徒歩で15分程でイタリア大使館の正門が見えた。2人でよく人の目が無いことを確認し
てから、獄寺は左手の薬指の指輪をはずして、右手の指につけかえた。左手の薬指以外の指につけ
ても変身の効果がないことは、この2か月の間に研究済みだ。

「ふーん。」

 明るいところで獄寺の変身を見るのは初めてのくせに、雲雀は大して関心がなさそうだった。

「じゃあ、入ろう。パスポート出して。」

 獄寺は雲雀にパスポートを預けた。

 入館の手続きは単純だった。イタリア人でなくとも、イタリア語がわからなくとも、大丈夫そうで、獄
寺は拍子抜けた。交通費や弁当代をおごってもらったのに、通訳の仕事は無さそうだった。

「僕は用事を済ませてくるから、君は見学していれば。」

 大使館内に入ると、雲雀は獄寺をぽいっと捨てた。

「通訳はいらないのか?」
「ラテン語で通じるか試してみる。」

 雲雀はすっと歩いて行ってしまった。

(ラテン語?そういや電話でなんか言っていたな。)

 獄寺は庭園に出ることにした。大使館の建築物はイタリア人の設計で獄寺の目には珍しくもない
が、庭は典型的な日本庭園の名園だということは予め調べてきていた。

(ラテン語なんて、オレのうちでも教わらなかったぞ。)

 完全な死語であるラテン語なんて使っているのは、カトリックの坊さんぐらいだ。貴族や知識層では
教養として習得されてきたというのも、いつの昔のことか。

(雲雀のうちって、そんな大時代的な家なのか?この日本で?)

 獄寺は首を傾げた。謎だ。一度、雲雀の家を見てみたい気もした。

(んん?でも大使ともなればラテン語話せるかな?大使館づきのカトリックの坊さんとか?)

 考えているうちに、獄寺は庭園に出ていた。
 うっそうと茂っているように見えて計算された配置の木々に囲まれ、緑濃い池があった。かつて主君
のために仇を討ったサムライがハラキリをした場所は、現在その池の中になっているという。

(もし、万が一、10代目が殺されたら、オレも仇を討つだろう。それで死んでこんな静かな池の中で眠
れるのなら、幸せなのかもしれない。)

 水面に映る自分のシルエットがおかしい、髪が長い。そうか、今は女の子になっていたのだと思い
だした。
 その時、携帯電話が鳴った。雲雀からだった。

「戻って来て。」

 獄寺の返事も待たずに切れる。

「りょーかい。やっと、通訳の出番かな。」

 大使館事務棟へ戻れば、雲雀は大使館のスタッフらしき人員と、口論になっていた。

「         !!」

 獄寺には雲雀が何を言ったのかわからなかった。
 ほら、ラテン語なんてイタリア人にはわかりませんてば。

「         !?」

 口論していた相手が、獄寺を見て破顔した。
 そればかりか手を叩いて笑う。それから雲雀に向かって二言三言話してから歩いて行ってしまった。

 雲雀は疲労を滲ませた顔で、据え置かれたソファーに座った。

「何を話してたんだ、雲雀?」

 獄寺は雲雀の隣に腰かけた。

「大使は君のことを、素晴らしい美人だと言ったんだ。」
「はああ?」

 獄寺は眉をしかめた。
 今の自分は女だから、イタリア男なら確かにそんなことを言うが。

「そんな話をしに、わざわざこんなとこまで来たのか?」

 獄寺は呆れた。


 しばらくすると、大使館のスタッフが戻ってきて雲雀に書類を渡した

「       !」

 ラテン語はわからないが、そのニュアンスと態度から、おめでとうと言っているのはわかった。

「用事は済んだよ。帰ろう。」

 雲雀は書類をまとめると立ち上がった。

「ああ?お前は庭は見ないのか?」
「いいよ。後で話を聞かせて。」

 大使館見学はあっさりと終わってしまった。

「なんだったんだ。一体。」
「わからないならわからない方がいいよ。」

 雲雀は獄寺にパスポートを返した。獄寺は大使館を出るが早いか指輪をつけかえて、男の姿に戻っ
た。



 帰りの新幹線の中で、獄寺は雲雀に見てきた庭園について思い出せる限りの話しをした。雲雀は
相槌を打つでもなく聞いていた。獄寺の口が止まると雲雀が約束通り弁当を買ってよこしたので、食
べたら眠くなり寝てしまった。

 目が覚めるとまた雲雀に寄りかかっていたのだが、獄寺は今度は慌てなかった。

「雲雀、本読んでないな。」

 開いている位置が、朝から全く変わっていない。雲雀ははじめから忠臣蔵に興味などなかっ たの
だ。獄寺は雲雀に騙されていたことを悟った。

「君に寄りかかられてたら読めない。」

 雲雀は文庫本に視線を注いだままだったが、寄りかかる肩が獄寺を意識して動くのが感じられた。

「そうか。」

 獄寺は雲雀の肩に頭を預けたまま考えた。


 Q1.リボーンから贈られたものは?

 Q2.教会で受け取ったものは?

 Q3.なぜパスポートが必要だった?

 Q4.なぜ女になっている必要があった?

 Q5.なぜ雲雀は獄寺にわからない言葉を使ったのか?


 獄寺は数ある疑問から導きだされる一つの仮説を吟味した。

 まさか。
 いやしかし。

 獄寺はふと気づいて身を起こした。

 雲雀から返されたパスポートを取り出して内容を確認する。どこにも変わった点は見つからないが、
仮説が確かならば、これはもう偽造品だ。

「大丈夫。普通に使えるよ。君はオトコノコだからね。」

 雲雀の目はいまだに活字を追う振りを続けていた。

「あっ、悪党め。」

 獄寺は雲雀の腕を掴んだ。
 文庫本なんか読む振りをやめろ。お前はオレに言わなければならないことがあるはずだ。
 だのに、言いたいことがあり過ぎて言葉にならない。

「契約を履行したまでだよ。」
「それで済ますな!!」

 獄寺は裏切られた気持ちで一杯だった。一人きりなら泣きたかった。まったくひどい冗談だ。

 頭にきた獄寺は、新幹線の車内販売の生八橋を雲雀にあるだけ買わせた。この際、東京土産で
なくていい。獄寺はだんまりを決め込み、荷物はすべて雲雀に持たせた。

 並盛駅に到着したのは、午後5時過ぎだった。
 駅ビルの花屋の店先に、菖蒲の葉が揺れているのが見えた。

「あれも買え。ありったけ買え。特別な花なんて真っ赤な嘘つきやがって。」

 雲雀は獄寺の指示通り、菖蒲の束を抱えて店を出てきた。

「わがままはもうおしまい?」

 雲雀は獄寺で遊ぶのが楽しそうでたまらないという顔をしていた。


 獄寺は心身ともにぐったりで、沢田家へはタクシーを使って戻った。タクシー代は当然雲雀に払わせ
た。
 こどもの日イベント第1部は終わっていて、獄寺は片づけをしていたツナの前に、土産の生八橋の
箱の山を差し出した。ツナは少し困った顔をしてから笑ってくれたのに、その笑顔を見ても獄寺は気持ち
が晴れなかった。菖蒲の葉は、並盛湯には行かないという奈々にあげた。


 午後6時。並盛湯前に集合した。

「獄寺さん、どうかしましたか?」

 顔色が悪いというより顔色がない獄寺を、ハルが心配する。

「・・・男湯入りたくねえ。」
 
 沢田家から出かけるツナらにつられ、予定通り来てはしまったが、菖蒲湯を楽しむ気分ではない。何
より雲雀と一緒にいたくない。期待されている裸体なんか、見せたくない。

「はらら。なら、ちょっとこっちへ来て下さい。」

 ハルに手を引かれて入った人気のない路地で、獄寺は指輪をつけかえた。今日、2度目の変身だ。
それから、ハルが持って来ていた着替えのパーカーを借りて、着ていたジャケットと交換する。

「今日は鳩ちゃんも来てくれました。」

 花と京子が、何の疑問も無く、久しぶりーと抱きついてきた。クロームも頬をすりすりあわせてくる。

 遠くで雲雀がいやな顔をしているのが見えた。

「ツナさん、獄寺さんは疲れたから帰ると言ってましたよ。」

 女湯の暖簾をくぐる時、ハルの声が聞こえた。
 
 さて、おっぱいがいっぱいな女湯初体験も、獄寺は楽しめなかった。機械的に髪を洗い身体を洗って
鏡を見ると、ビアンキが湯船につかっているのが映っていて、倒れて意識を失った。

「鳩ちゃん、湯あたりしちゃいましたね。」

 気がついた時は三浦家で、ハルのベッドで寝ていた。女の子だけのパジャマ・パーティーが始まっ
ていて、京子が生八橋の箱を開いているのが見えた。花とクロームはピラテスのDVDを見て真似
をしている。ビアンキも参加していたが、顔にシートパックを貼りつけているので、これ以上倒れずに
済みそうだった。

「並盛湯から家まで、雲雀さんがおぶって運んでくれたんですよ。」

 ベッドから起き上がって見れば、ハルのものらしい裾や袖口に小さなフリルが並んだ、シャーベット・
グリーンのパジャマを着ていた。

「くそ、あの野郎。」

 獄寺は手で顔を覆った。
 薄く意識があった。身体に感じた雲雀の体温が記憶の隅に残っている。

「どうしたの鳩ちゃん?」

 京子が大きな目で、心配そうに見つめている。

「・・・・・・悪い男に騙された。」

 言えるのはこれだけだけど、それがすべて。

 


 A1.雲雀のイタリア国籍及びパスポート。&獄寺の偽造パスポート、ただし本物と寸分変わらない
コピー。つまり性別欄は男性のまま。

 A2.結婚証明書。

 A3.婚姻届を出すため。

 A4.パスポートの方が誤りだと証明するため。

 A5.獄寺が気づかないうちに結婚するため。



 イタリアでは男性は16、女性は14で結婚できる。さすがロミジュリの国。

 雲雀からイタリア国籍が欲しいと言われ、雲雀をボンゴレに取り込みたいリボーンは喜んだ。ボン
ゴレの力を使って、『日本育ちでイタリア語がわからない日系イタリア人の雲雀恭弥』という人物の法
的身分を創り上げ、イタリア人としてのパスポートを作って贈った。獄寺のパスポートのコピーに関して
はリボーンも不審に思ったが、おまけのつもりで贈った。

 教会式の結婚式なんて挙げてもいないが、並盛町内の教会のこと、証明書を書かせるのは簡単だ
った。

 在日のイタリア人同士が結婚するには、大使館に届出をする。身分証明としてパスポートが必要だ
ったわけだ。しかし、ここで一つ問題があった。獄寺隼人は男だ。大問題だ。しかし、雲雀は女の獄
寺を見せて、パスポートの方が誤りだと言い負かしてしまった。おまけに未成年なら必要なはずの、親
の署名も無しで押し通した。

「彼女が成人するまで待っていられない!!」
「本当だ、彼女は素晴らしい美人だ!?」

 パスポートの性別欄は即座に女性に訂正され、婚姻は受理された。いずれ本国の証明類も、女性
に書き換えられることだろう。
 そして雲雀は獄寺自身には、性別が男性のままのパスポートを返した。



 知らないうちに結婚してしまった。気づいた時には遅かった。
 せめて、プロポーズぐらいして欲しかった。
 いやちがう。
 からかってもてあそぶだけのために、雲雀からそんなことをされたのが、ひどく悔しく悲しかった。



「雲雀のばかやろー!!」



 5月5日は結婚記念日。



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2009/05/03
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