毒姫君(どくひめくん)7

 

(10代目は、オレが山本を殺そうとしていたことを知っていらっしゃる。)

 超直感で真実を把握しているツナに対し、嘘をついたところで意味はない。
 ツナは問いかけているのではなく、獄寺に自白を促しているだけなのかもしれない。

(なんて答えればいいんだろう。)

 獄寺は口を開きかけ、閉じる。
 10代目の怒りはもっともで、然るべき罰を受けるのは当然だと思う。
 それでも、言い訳じみてはいるけれど、今は本当に山本を殺したくなんてないのだと伝えたい気持ち
がある。
 そして、そんな都合のいい話をしたら、10代目は自分が愚かな自己保身をしていると軽蔑されるに違
いない。
 これ以上ツナに幻滅されたくないという思いから、獄寺は言葉を見つけられない。

 

「獄寺君、答えて。山本を殺したくて、キスしようとしてたんだよね?」
 ツナは片手で獄寺の髪を梳きながら、戸惑い揺れる緑の目を覗きこむ。

(獄寺君、怯えてる。)
 ツナは愛情と憐憫と暗い思いを籠めて獄寺を見つめる。

 山本を殺そうとしたことに対して怒りを感じているのは確かだ。
 それでも、山本は生きている。未遂だ。
 獄寺のやりかたが甘いのか、それとも山本の運がいいのか、勘がいいのか、獄寺はまだ山本を殺
していない。

 ツナは獄寺の髪を梳いていた片手を滑り下ろし、獄寺の顎下を撫でてから細い首にまわす。
 手のひらいっぱいに獄寺の白い首筋を包みこんで、指先に軽く力を込めれば、獄寺は一切の抵抗を
放棄したままで、ただ苦しそうに閉じた目の、長い睫毛の先に毒の涙の粒を光らせる。

(いっそ、今ここで殺してあげた方が、獄寺君にとっては良いのかもしれない。)

 しかし、特殊で稀な能力者を失うことは、ファミリーにとって多大な損失だと、ボンゴレの10代目とし
ての意識がそれを拒んでいる。




『能力の性質上、これ以上は広めたくないが、山本には言っておかないとな。』

 ツナは先ほど引き出した、シャマルの言葉を反芻する。
 
(広めればいい。獄寺君の体液は猛毒だって、みんなに言ってしまえばいいじゃないか。
そうすれば毒姫の意味なんてなくなるのに。)

 やっぱり。薄々感じてはいたけれど。
 シャマルもビアンキもリボーンも。
 そしてボンゴレ10代目としての自分も。

 何食わぬ顔をして、獄寺君が毒姫として「使える」ようになるのを待っていたんだ。



 ツナが、獄寺が山本を殺そうとしていたこと、そして2人がキスするしないの関係になっていたことに
気づいたのは、山本の「ちゃんとキスしよー」発言を聞いた時だった。

 それまでは、この頃、獄寺君、山本に突っかかるのを止めて良かったな、程度にしか考えていなか
った。
 今まで山本は獄寺君と仲良くしたそうだったけれど、獄寺君は山本のことをライバル視するばかりだ
ったから、山本は寂しそうだった。
 2人が良好な友人関係を築いているなら、それは幸いなことだと思っていた。

(まさか、山本を殺そうとして、その流れで恋愛ごっこを始めるとは思わなかった。
『10代目』にしか興味がない獄寺君に、恋愛の真似事ができると思わなくて油断してた。)

 ずっと恋も知らないままでいてくれると思っていた。
 獄寺君は潔癖過ぎたし、今までは経験も色気もへったくれも無かったから、ターゲットのベッドに送り
込まれないで済んでいたのに。


 ツナは獄寺の首を絞めていた手を放して、獄寺の耳にかかる髪をかき撫でた。
 そして耳元に口を寄せる。

「獄寺君。正直に山本を殺したい、って言ってくれないのなら、オレ、君の涙、舐めちゃうよ。」

 自分自身を人質に、ツナは獄寺から答えを引き出すことにした。

「!!」

 獄寺が目を見開くのを確認してから、ツナは指先で獄寺の鼻を軽く摘まむ。

「それとも、口、吸っちゃおうかな。山本には悪いけど。」

「や、止めて下さい!10代目が死んじゃいます!」

 ツナはクッションにかけた片膝を下ろした。
 獄寺の足元に、ぽおんとぽおんと、クッションが落ちる。

 ツナは獄寺の答えを待ちながら、クッションを拾い獄寺が座るソファーに戻した。


(正直に言うしかない。10代目には、正直な言葉しか受け取っていただけない。)
 獄寺はようやく言葉を見つけた。

「オレ、山本が好きです。絶対、殺したりしません。」



(最悪の答えだ。でも。)

 ツナは獄寺が可哀想になって、再び銀の髪に手を伸ばした。



「そう。それが本当なら、キミに頼みがあるんだ。」

 子どもをあやすようにゆっくり頭をなでてやると、獄寺は安心してこくんと小さくうなづいた。




(罰も頼みも、どちらにしろ、同じものしか用意してなかったんだよ。)



 


2009/03/27

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