毒姫君(どくひめくん)6

 

「知ってらしたんですか?!オレの体質!?」
 顔色どころか目の色まで青ざめた獄寺の叫びが止まぬ間に、ツナは獄寺の座る丸椅子の軸を蹴り
倒し、同時に獄寺の首元を掴んでいた手を薙ぎ払う。

「ぐっ」
 獄寺は椅子ごと横倒しになり、肩をしたたか床に打ちつける。

「ちゃんと答えて。オレが訊いているんだよ。」
 ツナは床に膝をつき、再び獄寺の首元を掴み上げた。

「山本を殺そうとしてるよね?」
 肩の痛みに歪む獄寺の顔を見据えて詰問する。

 獄寺の目に恐怖が浮かぶ。
 無言で獄寺の目を見透かしているツナの目からは、常なら瞬く星のような光が消え去っていて、獄
寺は深い井戸に突き落とされた気持ちになる。

(山本を殺そうと思っていたことがばれたら、10代目に殺される。)

 禁じられたファミリー内での個人的な感情による私闘。
 ボスの財産たる戦士を失わせるという愚かな行為。

(殺されても当然だ。)

 獄寺は諦めて目を閉じた。

(お願いです、10代目。どうかオレの体の中の液体が散らないように殺して下さい。貴方を毒したくあり
ません。)

「そこまでだ。」
 いつのまにか傍に来ていたシャマルが、ツナの肩に手を置いた。

「落ち着け。お前だってさっきの、こいつらが恋しあっちゃってんの見たろ。隼人が山本殺すわけねえっ
て。」
 シャマルがツナの肩を、どうどうと叩く。

「隼人だって自分の体質をわかっているから、キスのひとつもためらってるんだ。」

 ツナの目に光はもどらない。それでも獄寺を掴んでいた手を放して立ち上がった。
 シャマルは、蒼白の顔色で目を閉じたまま動けないでいる獄寺の肩に手を置いた。

「隼人、そんなに怯えるな。ツナは、お前に山本を事故死させたくないって、心配してるんだよ。」

 獄寺はそっと目を開いた。シャマルの向こうに、椅子に座ったツナが見える。
 ツナの表情は見えない。

「・・・・・誰と誰が、オレの体質を知ってんの?」
(姉貴がリボーンさんに言ったんだろうな。考えりゃ当然だ。)
 やっぱり姉貴は信用ならないと、獄寺は人間不信を強くする。

「まずビアンキちゃんが、お前が大ケガした時に俺に教えた。
次に、俺がお前とビアンキちゃんの血から新しい抗体を作ろうと、データとっているうちにリボーンに勘
付かれた。
で、リボーンがビアンキちゃんに問いただして聞き出してから、ツナに教えた。
ボスとしてファミリーのメンバーの才能を知っておく必要があるってな。
知っているのは、この4人だ。」

(怪我する度に必要以上に包帯ぐるぐる巻きにされたのは、シャマルがオレの体質を知ってたから、オ
レの体液を他人に付着させないための予防だったんだ。)
 獄寺は改めて合点した。

「能力の性質上、これ以上は広めたくないが、山本には言っておかないとな。」

「なんで、言う必要が?」
 体液が猛毒だとばれたら、山本は気味悪がってキスどころか手さえ繋いでくれなくなることを獄寺は
恐れていた。

「んん?なんでって、つきあうってのにお前の体質を知らなかったら、色々すんのに不便だろうが。」
「色々?」
 獄寺がきょとんと問いかける。
「いろいろって何だ?」

「色々ってそりゃあ、オーラルは無理だが、ゴムを使ってお互い気をつけさえすれば、大概の・・・。」
「オーラル?ゴム?」
 子どもの顔をして問いかけてくる獄寺に、シャマルは眉を寄せ、そして悩んだ。

「・・・・冗談じゃねえぞ。」
 シャマルはツナを振りかえった。
「補習受けさせるためにここに連れてきたのか。」

「そうです。
獄寺君の頭の中は、爆発物の取り扱いとか、オレをボンゴレの10代目に仕立て上げるとか、山本にラ
イバル意識燃やすとかばっかりで、そっち方面の具体的な知識、皆無みたいですから。」
 ツナの声。

「はあーっ。そりゃ危ねえわなあ。」
 シャマルが盛大に溜息つくのを、獄寺は訳もわからず眺めていた。



約2時間後、保健室のドアが開いた。

「じゃあ、気をつけて帰れよ。」
「はい。シャマル先生、ありがとうございました。ほら、獄寺君も。」
「ああああ、サンキュ。」

 情報処理が追いつかず、目をぐるぐる渦巻きに回した獄寺の手を、ツナが引いて下校していく様子
を、シャマルは見送った。

「久しぶりに講義らしいことしたら疲れたな。」
 ホワイトボードに描いた、人体の断面図等を消しながら呟く。
「まあ、あれだけ言っておけば、うっかり山本を毒殺しちまうなんてことにはならないだろうが・・・・・・。
それにしてもツナも大変だ。」



「獄寺君、着いたよ、鍵貸して。」
 獄寺のマンションの扉の前まで来て、ツナが獄寺の腰ポケットからキーホルダーを抜き取り、鍵を開
ける。

 何故、オレが10代目に送られているんだろう。反対じゃねえか。
 ツナが内側からロックをする音を聞いてやっと、獄寺はそんなことに気づく。

 帰ってくる間中、シャマルの講義の内容が頭をぐるぐるしていた。
『ラテックスはオイルに弱いから、潤滑には必ずオイルフリーのローションを使用すること』
「ぐうわわっ。」
 自分の家だという気安さもあって、獄寺は喚いてぎゅんぎゅんと頭振った。
 それからソファにへたりこみ、クッションを抱える。

 しばらくツナはそんな獄寺の様子を見下し、可笑しそうな顔をして声を出さずに笑っていた。

「もう、落ち着いた?」
 ツナは大きめのクッションを一つ取って、獄寺の抱えるクッションに重ねてあてた。
「獄寺君?」
 クッションに片膝を乗せ体重をかけ、獄寺の背をソファに押しつけ固定する。 

「・・・・・えっ?10代目?」
 意外そうに見上げてくる獄寺の表情が幼い。
 ツナは可愛いなあと思いながら、片手を獄寺の髪に伸ばした。

「オレの質問に、君はまだ答えてないよ。」
 獄寺の髪を梳くツナの手は、儀式に捧げる動物の毛並みを確かめるかのように、優しい。

「もう一回訊くけど、獄寺君、山本を殺そうとしてるよね?」

 驚きに見開かれた獄寺の目には、いまだ光のもどらないツナの目が映った。



 

 


2009/03/25

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