毒姫君(どくひめくん) 3

 

 月曜日、午後遅くに登校してきた獄寺は、教室へ行かずに屋上へ直行した。
 天気はいいけれど、吹きっさらしで風が強く、打ちっぱなしのコンクリートは冷たい。
 こんな寒い所へ誰も好き好んで来はしないだろうと思ったから、獄寺は安心して野球部の練習風景
を見下ろす。
 見下ろせば数十人からいる部員の内のたった一人は、すぐさま目に留まる。
 獄寺は缶コーヒーをあけ、飲みながら山本を見る。
 何気ない動作のひとつひとつが、彼のしなやかでのびやかな筋肉には、本来、その動作をとる以上
の能力を備えていることを獄寺に予見させた。
 つまり、まだ本気を出していない。

 コーヒーが終わったので、タバコに火をつける。
 山本は勉強ができないし時に言動が幼いから、馬鹿なんだろうと思われがちだが、潜在的に脳の
機能はいい。
 ツナの家でカンフー映画を見た後、山本が10数分間の役者の動きをそのままトレースしたことがあっ
て、獄寺は舌を巻いた。
 視覚にとらえた動きを脳で把握し、情報を全身に送るまでが非常に正確で速い。

「確かに、野球だけさせとくには、もったいねえんだよな。」
 リボーンさんの目は確かだ。
 きっと山本は有能なマフィアになるだろう。
 だからって、憎しみが差し引かれるわけではない。
 このまま生かしておいたら、将来、自分よりも10代目から頼りにされる男になるだろう。こんなに身
体能力が高くて、こんなに格好いいんだから。

「・・・カッコイイ?」

 自分の思考から変な単語が湧き出したことに気づいて、獄寺は頭を抱えてしゃがみこむ。

 それをきっかけに、忘れようとして意識のはしに登らせまいとしていたことが、浮かび上がってきてしまう。
 昨日、映画館まで歩いた時、そして暗闇の中で自分の手を握っていた山本の手。
 ヒトのこと可愛いとかウブイとかおかしなこと言いやがって、キスしたいとか言って。
 口から出てくることはみんな鳥肌もんだったのに、不思議とあの温かくて乾いた手の感触には嫌悪
感がなかった。
 映画が終わって、青い顔でフラフラ立ち上がる獄寺の手を繋いで立たせて、タクシーで家まで送り届
けてくれた時の、心配気な眼差し。

 クソッ。
 百歩譲って、山本がカッコイイのは認めても、殺すのだけは止めてやらねえ。 
 山本がこの世に存在する限り、オレの心に平安はない。

 オレに優しい山本に、オレがときめいてしまって、どうする。
 山本がオレに優しいのは今にはじまってことじゃない。
 オレが近頃山本に優しくしてやっているように見えるから、山本がオレも山本を好きだと誤解してい
るにすぎない。

 その誤解は解かずに相思相愛だと思わせておいて、キスを一発ぶちかましてやれば、山本とはオ
サラバできる。

 獄寺は煙草をコーヒーの缶に押しつけた。


「ごぐでらあああ~~。」

 山本の馬鹿でかい声が下から轟いてきた。
 聞き覚えのある、誰かの発声法に似ている気がする。
 そうだ。ヴァリアーのスクアーロだ。ちょっと見せてもらったことがある剣帝への道DVDの中でも、耳
が痛むほどの大声だった。
 ああ、やっぱり山本は馬鹿だなあ。発声法なんかトレースしてどうする。

 獄寺はおかしくなって、山本に片手を振って見せた。


「昨日、ごめんなー。」


 山本が両手を大きく振っている。


「獄寺がー「キス、して。」って言ってくれたのにー、

オレびびって額にしかできなくてー。

この後、ちゃんとキスしよーー。」


 カラン。
 獄寺の手から缶が落ちた。



 



2009/03/21

 

 

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