毒姫君(どくひめくん) 2

 

 10代目との待ちあわせ場所に着いたら、山本がいた。
 先週延期にした映画を2人で観に行くはずだったのに。

「10代目は?」
 思い切り嫌そうな顔の獄寺に、山本が近くのコーヒーショップを指さして見せる。
 ガラスの向こうから手を振るツナと笹川妹の姿が見えた。

「あっち。外で女子待たせるには寒いし。そうそう、笹川もオレもあの映画が見たくってさ。行こう。」
 コーヒーショップへ行こうとする山本の腕を、獄寺が掴んで止める。

「あっちはすっかりデート・モードじゃねーか。オレら行ったら、お邪魔だろーが。」
 獄寺はコーヒーショップに向かって笑顔で一礼して見せてから、山本の手を引いて反対方向へ歩き
始めた。

「だって、映画・・・。」

 本気で映画を見たかったらしい山本がわたわたするのがおかしくて、獄寺はぷっと吹き出した。

「映画館は他にもあるし、探してみようぜ。」


 同じ映画をやっている映画館を見つけるまで、獄寺は山本の手を放すつもりがない。
 映画館の中では当然ドリンクを飲む。殺るチャンスを逃がしてたまるか。禍転じて福となすだ。

「獄寺、あーちょっと手、かえて。」

 立ち止まった山本につられ、獄寺が止まる。
 山本は獄寺に掴まれたままの腕をぐいとまわして、獄寺を自分に向かいあわせた。
 そこで山本は、獄寺に握られているのと反対の手を出してきて、獄寺のあいている方の手を握る。

「こっちのが、歩きやすいのな。」

 そして山本は不思議な手の振り方をして、獄寺に掴まれている方の手を外した。

「行こ、獄寺。」

 確かに歩きやすい。山本とはぐれないですむ。
 でも、なんかおかしい。獄寺は眉をしかめた。
 車道側を歩く山本は、時々獄寺が遅れないか歩きにくくないか、確かめるように獄寺を見る。

 まさか、こっちもデート・モードかよっ?!

 愕然とする獄寺。
 そりゃあ、この一週間、10代目から嫉妬されるほど、オレは山本にいろいろしてやったけど。

「嬉しいな。獄寺と二人っきりなのな。」

 ぼそっと呟く山本の声が聞こえて、獄寺の背筋に寒気が走る。

 山本を嬉しがらせるために、優しくしてる訳じゃねえっ。
 この馬鹿は、どうして、オレのこの溢れ出る殺気に気づかねえんだ。
 ああ、今日こそ絶対に、オレの汗飲ませてやる!
 獄寺は意志も固く心のうちで叫んだ。


「獄寺、ここだー。」

 お目当ての映画をやっている映画館を見つけ、名残惜しそうに山本が獄寺の手を離す。
 チケットを購入して、開始30分前と時間もちょうどよろしい。 

 しかし、結構歩いた筈なのに、獄寺は汗をかいていなかった。
 寒い日だからなのはもちろんだが、山本の発言による寒気が、背筋から去らないためでもある。

 せっかくのチャンスなのに、準備ができねえ。
 ハリウッド超大作スリラー映画だけど、見ている間に冷や汗かけるようなシーン、あるだろうか?

 何の準備もできないまま、館内に入場する。
 スクリーン中央のベストポジションをキープしてから、山本が獄寺に訊いた。

「獄寺、これどっちがいい。」

 いつの間に買っていたのか、山本は2つ紙袋を持っている。

「どっちも、コーラとホットドッグだけどな。」

 同じもんなら、選ばせる意味ねえじゃないか。
 獄寺は袋を一つ取り、小銭入れを探る。

「今日はオレのおごり。」

 獄寺が否定の声を上げる前に、山本がシィッと言う。暗くなる館内。予告編が始まる。

 獄寺はホットドッグを食い尽くしてから、コーラのストローをくわえた。
 どうすりゃいいんだ。この隣の男を殺すには。
 映画なんて頭に入っていなかったが、突然画面に大写しになる熱烈なキス・シーン。

「わっ!」

 そうだ。汗である必要はない。唾液でもいいんじゃねえか。
 腹いっぱいだって言って、食いかけのホットドッグを山本に食わせれば良かった!

「キスでそんなに驚くか?」

 山本が小声で訊いてくる。
 獄寺はぶんぶん頭を振った。

「獄寺、可愛いのな。」

 ぽっつり呟く山本に獄寺はまたまた寒気。大寒気。


 仕方がねえ。隙見てコーラのコップを入れ替えよう。
 獄寺の席は山本の左隣り。右に座る山本のドリンクは右端。
 結構遠いから難しいな。
 と、思っていたら、途中で山本が席を立った。

「悪りい。ツナからメール入ってた。電話してくる。」

 獄寺は映画に集中している振りして、大喜び。
 10代目、ナイスタイミングです!ありがとうございます!

 山本のいないうちに、獄寺はコップを入れ替えた。
 しばらくして戻ってきた山本が、コーラのストローに口をつける気配がある。
 これで3日後には、山本は死ぬ。
 嬉しい。嬉しい。
 嬉しさのあまり、獄寺もつられて山本が飲みかけだったはずのコーラのストローに口をつけた。

「げっ」

 一口飲んでコップを置いてから気づいた。
 オレ、山本と間接キスしちまった!

「・・・・ゴメン。気づいたか。」

 山本の手が獄寺の手を掴んだ。

「獄寺が気づかないうちに、オレのとコップ入れ替えたんだ。

本当はキスしたいけど、獄寺ウブいの可愛いから。」 

 鳥肌もののセリフと毒殺失敗に打ちのめされて、獄寺の手が震える。
 震える獄寺の手を、山本が愛しそうに両手で撫でてくる。

「キス、して。」

 獄寺は言った。
 もう、こうなったら、今日ここでカタつけてやる。

 山本の手が止まる。
 様子をうかがうように、見ているのがわかる。

 山本は意を決し、獄寺に顔を近づけた。
 獄寺は目をつぶった。

 ぽん。
 額というか前髪に、触れるだけの感触があって一瞬で離れた。

「こんなところじゃ、もったいないから。

周囲の視線、集めまくりなのなー。」 

 赤くなったり青くなったりする獄寺が可愛くて、山本は獄寺の手をぎゅうと握った。

 

 



2009/03/17

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