毒姫君(どくひめくん) 1

 

 唐突であるが、獄寺隼人の体液は猛毒である。
 彼の体液が体内に入れば、3日間元気に普通に生活して、3日目の終わりに苦痛なく死ぬ。
 希代の毒使い師ビアンキによって、幼少期から少量の毒を与え続けられた末に完成をみた稀有な
る存在、「毒姫」である。

 ビアンキが彼に色や肉を使役させる仕事をさせないため、また恋も知らない年少であるために、性的
接触の相手を死に至らしめることついては、彼はまだまったく考え至っていなかった。
 それ故に、彼が個人的に殺意を抱いている人間を、自らの意思で殺めようと思いついたとしても、必
ずしも色仕掛けをすることを意味してはいない。

「オレ、もしかしなくても、10代目にバレないで山本を殺せる。」

 そう獄寺が思いついた時も、山本と性的接触を持つという状況は、まったくの想定外であった。



「獄寺君、ごめん。明日の約束だけど、また今度にしてもらえない?」

 ある日、ツナが両手をすりあわせるようにして、獄寺に言った。

「いいっスよ。あの映画まだ来週もやってますし。」

 獄寺は二つ返事だ。
 獄寺が自らの主と認めたツナの頼みに、否の答えはない。

「明日、練習試合があるって、今さっき山本が言うんだ。早く言ってくれればいいのに。」

 否の答えはないけれど。

「明日は応援に来ようよ、獄寺君。」



「畜生、山本の分際で。」

 オレよりも、喧嘩が強いランキングが上位の山本。
 オレよりも、ガタイがいい山本。
 オレよりも、10代目に信頼され、リボーンさんに期待される山本。
 オレよりも、10代目に優先される山本。

「マジで、殺してやりてェ。」

 獄寺は山本と出会ってから、何度そう呟いたか知れない。
 殺意を抱き続けながらも実行には及ばなかったのは、山本を殺したことがばれたら、ツナから糾弾を
受けるのが必須だからだ。



「オレ、もしかしなくても、10代目にバレないで山本を殺せる。」

 獄寺がその可能性に気づいたのは、応援席の後ろの方でツナを待って不貞腐れていたところを、試
合を終えた山本に駆け寄られ抱きつかれた時だった。

「よおっ。獄寺、オレの雄姿見ててくれたのな!」

 汗ばむ山本の腕が、座る獄寺の首を包みこむように巻きつく。

「知るかっ。」

 獄寺が開けた口の前に山本の皮膚があって、舐めてしまった。

「うげっ。」

 獄寺は山本を押しのけて、唾を吐いた。

「果てろ!」

「じゃっ、また後でな。」

 笑顔を濁らせもせず山本が走り去った後、残るは舌の上の山本の味のみ。

「・・・・・そうか。反対に、オレの汗を山本が舐めればいい。」



「お疲れ、山本。」
 部のミーティングを終えた山本に、獄寺は笑顔で牛乳パックを差し出した。
 たった今、コンビニで買ってきたばかりの牛乳である。

「ええっ。マジッ!?」

 山本は驚きと喜び半々の顔で、パックを受け取った。

「獄寺がオレをねぎらってくれるなんて、明日は雨かもな。」

 嬉しさのあまりパックを持つ手に握力がかかっている。

「ほら。これ使え。」

 獄寺は続けて、1本のストローを差し出した。
 実はこのストローの内側に、獄寺は自分の汗を1滴入れたのだ。

 嬉しい。
 これで3日後にはコイツはもうオレの前からいなくなる。
 獄寺の笑顔には嘘偽りがない。
 
「サンキュ。獄寺。お前ほんと優しいのな。」

 しかし山本は、バリッとパックの上部を破るとパックを傾け、直接パックに口をつけて飲みだしてしま
った。

 山本の喉が動く。

「・・・。」

 ポトッ。獄寺の手からストローが落ちて転がる。

「ごちそうさま。」

 この時ほど、獄寺が山本の笑顔を憎いと思ったことはなかった。




 それからというもの。

「山本、これ食って。」

 ゼリーと共に、汗を一敵つけておいたスプーンを差し出せば、パックを開けるやゼリーを一飲みにさ
れる。


「山本、これ、オレが作ったんだけど。」

 弁当と共に、汗を一滴つけておいた箸を差し出せば、驚きと喜びのあまり震える手から箸を落として、
結局洗って使われた。


「山本、膝んとこ擦り傷できてる。これ使って。」

 汗を一滴つけた絆創膏を差し出せば、永久保存だと言って、バットに貼りつけられた。


 オレって、ヒットマンの才能が無いんじゃないのか。
 それとも、山本はとんでもなく高い防衛本能までも有しているのか。

 獄寺は胃をキリキリ痛めながらも、山本暗殺のためには画策を継続するほかにない。


 その上、ツナにこんなことまで言われてしまった。

「この頃、獄寺君、山本、山本って言ってばっかりでさ。二人が仲良くなってくれたのは良かったけど。
オレ、なんか妬けてきちゃったよ。」


 違うんです、10代目!
 オレは山本を殺したいだけなんです!

 獄寺の心の叫びは、決してツナに届かない。
 届けるわけにもいかないが。



 



2009/03/16

 

 

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