夜の墓地で(標的60)

 

 ツナをおどかすのに成功した後、獄寺はイーピンと共にツナ・ランボ組のもとを離れた。

「を?また元の場所に戻ってる。」
 集合場所のスタート地点へ行こうとしているのに、何故だかいっこうに辿り着けない。
 暗がりに似通った墓石のシルエットばかりが並ぶ中、どこかで道を間違えてしまっているのだろう
か、もう小一時間は歩いている気がする。
「こんなに墓地って広かったっけか?」
 毒蛾の鱗粉にでも触れたのか、首もとが痛痒い。
 それを我慢して、獄寺ははぐれないようにとイーピンを肩に担ぎ上げる。
 子どもは心もとないほどに軽くて、かえって心細さがつのる。

 並盛墓地は広いが全体には歪んだ楕円の地形で、ドーナツ状のメインの通りを歩き続ければ、当然
スタート地点に至るはずである。
 ツナ達の肝試しルートが時計回りに進行しているので、獄寺は邪魔しないよう反時計回りに歩いて
いた。
 万一、うっかりスタート地点を通り過ぎてしまっていたのだとしても、いずれは、おどかし役の皆と落
ちあえるはずなのに。

「・・・・おかしい。」
 爪の先で首もとを掻きながら獄寺が呟く。
 歩いても歩いても辿り着かないこの堂々巡りの奇妙さには、覚えがある。
 けれどそれが何時のことだったのか、思い出せない。

 コツーンコツーン。
 獄寺の脳裏にふと何かの音が蘇る。
 2人の足音だけが虚ろに反響していた、あそこは。
「・・・・病院?」
 ツナと病院に入院した日、何かあっただろうか。

 首の痒さが酷くなってきた。痛くて考えがまとまらない。
 誰だっただろう。あの時ずっと自分の手を引いていたのは。
 首を掻く手に力が入って、上がり過ぎた肩から転げ落ちていくイーピンを止められない。
「あわっ」
 助け起こそうと思う間に、イーピンの顔が破裂した。
 視界がガクッと暗くなる。膝が痛む。

 酷い言葉を投げつけながら、ずっと自分の背を撫でていてくれたのは、あれは。 


「ヒバリー!!!!」

 自分の喉が叫びを上げるのを獄寺は聞いた。
 なんでアイツの名なんか呼んでいるんだ。


「何の用。獄寺隼人。」
 気づけば白い和服姿の雲雀が立っていた。
「赤ん坊を知らない?」
 額に白い△の布をつけている。

 21:00に遅れて並盛墓地に着いた雲雀は、リボーンを探してメインの通りを時計回りに歩いてきた。
 肝試しなど馬鹿ばかしいが、あやしげな降霊師を呼び寄せていると聞き、参加することにした。
 並盛に汚いものを持ち込むことは許さない。

「ヒ、ヒ、バリ、イ、イーピンがっ。」
 ゴミ箱が口を開ける。
「ああ、あの子とはさっきすれ違ったよ。賢い子だね。汚い場所には近寄らない。」
 雲雀は潰れた風船を拾い上げた。
「ああっ」
 獄寺が破裂したと思ったものは、ろくろ首でツナをおどかした際に使ったダミーの人形だった。

「い、いつから?」
 ペタンと腰を下ろしたまま獄寺が呟く。その手が無意識に首元に行く。
 ボリッ。ボリッ。
 獄寺は音さえする程の強さで首元を掻きむしる。
 虚ろな目。首元には、一本の赤いライン。
 ああ、もうゴミ箱は汚いものでいっぱいなのか。

「君、首切り坂の辺りで何かやったの?」
 雲雀の問いに獄寺の動きが止まる。
「・・・・首切り?」
 雲雀が獄寺の両手を抑える。
「どうせ何かやったんだね。・・・君、この間僕が言ったこと覚えてないの?」
 獄寺は悔しそうに顔を伏せる。
「・・・言ったこと?」
「君はひと一倍憑かれやすい体質だから、汚い場所には近づかないように、って言ったよね。」
「・・・・・・?」
 ああそうか。雲雀は気づく。
 獄寺隼人は病院のポケットの中に、記憶を置いてきたのか。

「・・・じゃあ君は、あの時僕に何を言ったかも覚えていないんだ。」
「・・・オレが言ったこと?」
 獄寺は顔をあげた。
「君が泣いて縋って僕にお願いしてきたこと、全部忘れちゃったんだね。都合良く。」
 雲雀の底意地の悪そうな笑顔が真正面から獄寺を見ている。
「可愛かったよ。」
 片方の口角だけをきれいにあげた唇から、舌が赤くのぞく。

「ななにっ!」
 ぺろん。雲雀の舌が獄寺の首もとを舐めた。
「まだここのポケットが開く時間じゃないからね。応急処置。」
 暴れだした獄寺を黙らせるため、雲雀は獄寺ののどをひと咬みした。
「やめっ!!」
「やめてもいいけど。でも、そんなに呪い殺されたいの?」
 雲雀の舌がつうっと首もとの傷を流れた。



 それから、獄寺はツナが改めてビアンキの恐ろしさを思い知らされるまで、腰が抜けた状態で待たさ
れた。
 皆が帰った後で、妙に怒った雲雀に口に手を突っ込まれ、強制的に吐かされた。

「君はどうせ忘れるんだろうね。」
 用意されたペットボトルの水とタオル。
 硬い暗闇の中で背を撫でてくれる手。


 そしてまた獄寺はその夜の出来事を忘れた。

 

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