夜の病院で (標的29の夜)

 

 ツナが最終的によくわからない部屋に移された後、獄寺は重傷患者の部屋を追い出された。
 ツナと同室になるため重傷を装っていたのに、ツナを探し歩いているのを病院スタッフに見つかって
しまったからだ。
「本来ならもう退院してもらうところですが、ある患者さんのご好意によりその方と相部屋となることを
許可されました。」
 案内役の看護士は、それだけ言うとそそくさと去ってしまった。
 もうとうに日は暮れている。
 自力でアパートに帰れもするが、どうせまた明日もツナに会いに来るのだ。病院のベッドで眠れるの
ならその方がいい。

「やあ」
 がらんと広いその病室に入ると、獄寺の背筋にゾォッと寒気が走った。
「ヒバリ!なんでお前が病院に!」
「そのセリフもゲームも飽きたよ。」
 ヒバリは文庫本を閉じて立ち上がると、黒いパジャマの肩にばさりと白衣を引っ掛ける。
「行くよ。」
 ご勝手にとベッドに座る獄寺の背を、雲雀のトンファーが打ちつける。
「てえっ。怪我人に何しやがんだっ。」
 痛がる獄寺の腕を掴んで、雲雀が強引に立ち上がらせた。
「呪い殺されたいの?」
 獄寺は考えた。雲雀は負傷した今の自分の状態で太刀打ちできる相手ではない。
 今ここで咬み殺されるよりは、後で隙きをついて反撃する機会を待つ方が、若干正しい判断に思え
た。
「行ってやらぁ。」
 けれど、それは何処へ。


 コツーン。コツーン。
 2人の足音だけが虚ろに反響する。
 
 無言の雲雀に腕を掴まれたまま、獄寺もまた口を噤んで歩いた。下手に刺激して咬み殺されたくは
ない。
 先ほどまで患者やスタッフが行き交っていたというのに、夜の病院は廃墟のように人気が無い。
 雲雀は階段を上り、次の角で右に回り、傾斜する廊下を進み、また右折する。
 並盛の市街化による急激な人口増に対応し、並盛中央病院は長年にわたって増築と改築を重ねて
きたために、複雑な構造をしていた。 
 無人のナースステーションの前を過ぎ、長椅子だけが並ぶ歪なフロアを抜け、階段を下り、それでも
なおも雲雀は足を進める。
 病院中をツナを探し歩いたと思っていたのに、獄寺の記憶にはない景色が続く。
 獄寺は雲雀のペースで歩くことに疲れ、身体中の傷から発熱して負荷を感じていたが、途中で雲雀
の意図に気づいたので、不平を口にすることもなく従っていた。
 雲雀は何かをまこうとしているのだ。
 けれど、それは何を。

 コツーン。コツーン。
 2人だけの足音が虚ろに反響する。


 どれほど歩いただろうか。
「もういい。ここだよ。」
 雲雀は『安置室』の表示灯を見つけて扉を引き開けると、獄寺の身体を押し入れた。
 そこには物質のように硬い闇がある。
 入るなり、目が闇に慣れず、動けないでいる獄寺の背を叩きのめす。
「っげぐっ。」
 獄寺は足をもつれさせて床に膝を落とした。
「て、めえっ」
 雲雀がもう一度その背を叩きつけると、獄寺は顔を伏せ、そしてえづいた。


「まだ出すの。」
 雲雀は、膝をついて透明な液体を吐き続ける獄寺を見るのに飽きている。
 それ以上に、その肉の薄い背を穏やかに撫でさすってやっている手が、自分のものであることにあ
きれている。
 ゴミを入れるのにお誂えむきの器を利用して、ゴミ捨てがうまくできたからといって、ゴミ箱を大切に
扱うのは間違っている。
「君の中は汚いものばかりだね。」
 顔にかかる銀の髪の間から、生理的な涙に濡れて光る目に睨みつけられ、雲雀は目をそらした。
 そらした先に何かが見えた。
 真暗闇だったその部屋の隅に、薄ぼんやりとした光の下、ゴシックな装飾を施された漆黒の柩があ
る。
 雲雀は幾度かこの部屋を訪れていたが、それを見るのは初めてだった。
 ここは本来、時間の流れとは無縁のポケットのように窪んだ座標にあって、だからこそ汚いものを無
造作に置いていける。
 前回と相違点があるのは、良い兆しではない。
 けれど、あの柩の中には何が入っているのだろう。雲雀は興味を惹かれた。

「見るなっ。」
 柩へと引き寄せられる雲雀を、獄寺の声が止める。
「見ない方がいい。」
 濡れた緑の目が雲雀を見ていた。





「こうして安心して病院を運営できるのも、ヒバリ君のおかげ。生贄でもなんでも、なんなりとお申しつ
け下さい」

 翌朝、院長の謝辞に見送られ、2人揃って退院した。



2009/02/18

冬にホラー。


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