瞬間最大チョコレート

 

 その日、並盛中学校の応接室は、むせかえるような甘い香りが充満していた。
 風紀委員会総出の非情の持ち物検査によって、生徒たちから取り上げたチョコレートがダンボール
箱に10箱、プラス教職員からのものが1箱積み上げられている。
 その他、購買のチョココロネ、チョコパイ、チョコサンドに、自動販売機のココア、果ては調理実習室
から奪い取ってきた粉末ココアの類の詰まる箱。
 あと小時間で最終下校時刻。
 もう間もなく、草壁以下委員会メンバーの手で運び出され、闇から闇へ葬られるのだが、風紀委員
長はもういい加減、その極甘の臭気に辟易していた。
「草食動物のエサ」
 ソファーに掛けたまま雲雀が靴先でダンボールのひとつを蹴飛ばすと、粉末ココアが入った箱だった
ようで、かえって空気中のチョコレート濃度が上昇してしまった。
「・・息が詰まる」
 雲雀は立ち上がり窓を開けた。


「こんちは。あれ、ヒバリだけ?」
 獄寺が応接室に入って来た時、雲雀は両手のトンファーを超高速回転させ、空気交換をしているとこ
ろだった。
「何の用?」
 雲雀がトンファーを持ち替えて構えるのも気にせず、獄寺はつかつかと入ってきてソファに腰掛け
た。
「草壁副委員長にバイト頼まれたんだけど、早すぎちまったな。ま、いいか。ここで待てば。」
「バイト?」
「今日中に並盛幼稚園と並盛保育園と並盛養老院に、なんかヤバイブツを極秘で運ばないとならない
から、猫の手も借りたいってさ。」
 にゃん。
 と、両手をグーで、顔の前につくる猫の手。
 雲雀の息がほんの一瞬乱れた。

「バイトは校則違反。さっさと帰って。」
 雲雀は獄寺に迫り、トンファーの端で同時に2発、獄寺の頭を突いた。
「イテッ」
 獄寺はまだ猫の手のままで頭を覆って痛がるが、出て行く様子はない。
「バイトっていっても、菓子を2、3個くれるっていうだけだから、見逃してくれよ。チビ達待ってるし。い
ててて。・・・・あ?なんか甘い匂い。」
 獄寺は顔を上げ、正面に立つ雲雀越しに、ダンボールの山を見た。
その中身と草壁からの依頼内容の情報が、頭の中で合致する。ぱちーん。

「なんだ、そういうことか。」
 笑いに細められた緑の目が、雲雀を真正面から見上げた。
「これは猫の手、貸すしかないっしょ。」
 再び、にゃん。と、両手で猫の手。
 そして、 シルバーブロンドの頭上にシンメトリーなタンコブが2つ、小さな猫耳状態にぷっくり。
「だけど、口止め料はもらうぜ。チョコ。」
 猫手がにゃん。
「それに、オレ、お前のそういうとこ、好きかも。」
 にゃん。にゃん。


「お待たせ致しました、委員長。車が到着したので搬出を開始させていただきます。」
 どこか遠くから副委員長の声が聞こえる。バタバタと足音も。
「よーし。行ってくっか。」
 獄寺は固まったままの雲雀をよけて立ち上がった。


 統制のとれた流れ作業によって、5分もかからないうちにすべてのチョコは運び出され、応接室は静
かになった。
 もう、誰もいない。
 雲雀はソファーの背に手をついた。
 実のところ、先ほど固まってから、まだ一歩も動いていなかった。

 そこにはまだ、甘い残り香。


「・・・かもって、何?」



 


2009/02/14






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