空飛ぶシュークリーム

 

 クローム髑髏が諜報活動を終えてボンゴレのアジトへ戻ると、熱せられた砂糖と溶かしバターの香
りがただよっていた。

「場違いだけど、いいにおい。」

 髑髏のサポート役としてミッションを共にしてきたフゥ太は、嬉しそうに鼻を動かしてみせる。

「イーピンが日本から来てるんだね。ボヴィーノに連絡して、ランボを呼ばなきゃ。」

 霧の守護者髑髏の幻影を操る能力は、非戦闘時の諜報活動にもその力を発揮した。
 ターゲットが最も心を許す人間、若しくは愛する人間の姿に変幻し、機密事項を聞き出すことができ
るのだ。その『最愛の人間』を割り出して髑髏に示すのはフゥ太の役目。


「やだ、沢田さん、つまみ食いしないで下さい。あっ、山本さんもやめてったら!」

 キッチンからイーピンの声が聞こえる。

「えー。焼きたてのうちに食べるのが一番おいしいよー。」

 もう、ボスったら。髑髏は苦笑する。

「あっ。髑髏ちゃん、お帰りなさい!」

 生クリームの絞り袋を持ったまま、イーピンが駆け寄る。

「・・・ただいま。」

 今、2人の身長差はわずかに3センチほど。

 イーピンが髑髏の首に手をまわして抱きつこうとするのを、髑髏が槍で追い払う。

「・・・クリームつく。」

「髑髏ちゃん、冷たい。」

 頬を膨らませるイーピンに昔の面影がある。
 
「・・・また後で。」

 髑髏はキッチンを後にした。


「触られなくてよかった。」

 自室でシャワーを浴びた髑髏の胸元に、無数の鬱血の跡がある。

「あの子には気づかれたくない。」

 最後までいかないとしても、際どいところまでいってしまうことはよくある。

 「なるべく血を流さない。流すなら最低限に。」と、いうボスの方針に髑髏は賛同しているし、ターゲッ
トを拷問にかけて口を割らせるよりは、騙して情報を得る方がよっぽど人道的だと髑髏は信じている。
 そして、ボンゴレに貢献することによって、骸奪還のための協力を得られるかもしれないと思えば、
髑髏は自分の身体にどんな男が触れようとも気にはしないつもりだった。

 それなのに、イーピンにだけは知られたくないという思いがあるのは、単なる感傷なのだろうと髑髏
は思う。

「お・・・い・・・し~」

 そう言って小さなイーピンが分けてくれた甘いお饅頭の欠片が、今の髑髏の肉体の幻影を補強して
いるから。


「髑髏ちゃん、遅いよ。みんなに食べられてなくなっちゃう!」

 着替えて会議室に顔を出せば、皆がイーピンのシュークリームを頬ばっていて、いったいどこのケー
キ屋に来てしまったのだろうかと髑髏は思う。

「はい。新作のムクロウクリーム。」

 イーピンが差し出したお皿の上に、フクロウ形のシュークリーム。

 10歳を過ぎた頃からイーピンはパティシエになりたいと言い出して、アルバイトをしてお小遣いをため
ては洋菓子の食べ歩きをはじめた。
 この頃は、本場の味を覚えると言ってヨーロッパまで遠征してくるが、幼いころからたった一人で暗
殺者として動いていたイーピンのこと、誰もその身を案じることはない。

「食べるのもったいない。」

 髑髏はフクロウの形をしたお菓子から目をはずせない。

「食べて、髑髏ちゃん。またいっぱい作るから、ね。」

 小首を傾げてお願いしてくるイーピンが愛らしくて、髑髏はシュークリームを手に取った。


「クリームもひと味違うの!」

 髑髏ちゃんの好みに、お砂糖の代わりにメープルシュガーを使っているの。
 イーピンはどきどきしながら、髑髏を見ている。
 壊れそうで寂しそうで、目が離せない人。

 あなたに食べてもらえなかったら、そのフクロウはきっとどこか遠いところへ飛んでいってしまって、
あたしにはもう探しに行けないの。

「おいしい。」

 ひと口齧って髑髏が呟く。しつこくなくて優しい甘さ。
 髑髏は無意識にイーピンに微笑みかける。

「髑髏ちゃん。クリームついてるよ。」

 イーピンが髑髏の肩に手を置いて、口元に唇を寄せる。



「ええっ!二人の世界つくってる!」

 沢田さんが叫んでいるけど、知らないわ。



2009/03/10

 


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