ロリポップ

 

 3月14日の朝。
 ボンゴレの本部を本拠にお菓子の食べ歩きをしているイーピンは、今日はどこへ行こうかとカフェテリ
アでガイドブックを見ているところだった。

「おはよ。イーピン。」
 ランボが隣りに座る。

「おはよう、ランボちゃん。」

 顔をあげるイーピンの前で、ランボは口に含んでいたぶどうの色の飴を、水の入ったグラスの中に落
とした。
 イーピンはうっかり、その飴玉が滑らかに落下する動きを綺麗だと思ってしまって、ランボがどうして
飴を口から出す必要があったのかに、考えが及ばなかった。

 チュッ。
 唇の先に触れるだけのキス。

「なんのつもり、ランボちゃん!」
 イーピンはざっと手で口を拭いてランボを睨みつけた。

「ホワイトデー。」
 可愛い顔で片目をつぶって見せれば、年上の人間たちは結局何もかも許してしまうから、ランボは
いつまでも自分で戦おうという気にならないんだわと、イーピンは思う。

「あんたにあげたのなんて、義理チョコに決まってる!」
 イーピンはランボの巻き毛を両手で掴むと思いっきり引っぱった。
「馬鹿牛!」

 おさげをピンピン振りながらイーピンが行ってしまうと、ランボは涙をすすってグラスを口に運んだ。
 水を飲み干して飴玉を口に戻すと、不思議とさっきとは違う味がする。

「朝からふられるなよ、ランボ。」
 いつから見ていたのか、山本が片手でランボの髪をぐしゃぐしゃかきまわす。

「ふられたくてふられたわけじゃありません。」
 ランボはかきまわされるままに応える。

「夜だったら酒飲んで寝ちまえばいいけど、朝っぱらからそれもできねえってこと。そうだ。」
 山本は片手に持っていた棒付きキャンディーをテーブルに置いた。
「お前にはこっちだ。髑髏からもらったもんだけどよ。」
 山本はもう一度ランボの頭をかきまぜると去って行く。

「ありがと。」 

 ランボは大人たちから子ども扱いされるのは決して嫌いではない。
 イーピンにお子様扱いされるのだけが、悔しくて嫌でたまらない。
 大人として見て欲しいからイーピンにキスしようと思ったのか、イーピンが好きだからキスしたいと思
ったのか、ランボには区別がつかなくなっていた。
 ただ、ランボはピンピン揺れるイーピンのおさげをほどいてみたいなあと思った。



「髑髏ちゃん。」
 髑髏の前でイーピンが、ぱあっと両手を開いてみせた。遅れておさげが揺れ止まる。

「おはよう。」
 イーピンの頬もおでこも、髑髏へむける好意でぴかぴかしている。
 眩しすぎる。
 髑髏は2本の棒付きキャンディーを差し出した。

「ひとつはランボちゃんに渡しておいて。」
「えー。」
 イーピンが頬を膨らませる。

「今、ランボちゃんに会いたくない。」
 イーピンが手を引っ込める。

「それなら両方あげる。」
 ここで髑髏は一つ技を使うことにした。

「食べてね、イーピンちゃん。」
 イーピンは素直にキャンディーの棒を握る。
「はい。」

 髑髏はその脇をすりぬけて歩いて行く。

 食べて、髑髏ちゃん。
 おいしいよ。髑髏ちゃん。
 いつもそう言って、イーピンは髑髏にいろいろなものを受け取らせるから、今日は反対にイーピンに
言ってみただけ。
 賢くて優しくて頼りがいがあるけれど、彼女はまだ髑髏にとって小さな女の子。



 その夜、ランボは2本のキャンディーを交互にぺろぺろ舐めていた。
 1本は山本からもらったもの。もう1本はイーピンが髑髏からと言って渡してくれたもの。
 イーピンはその時、他にもう1本のキャンディーを持っていて、ランボはそれも自分がもらえるのかな
と見ていたけれど、イーピンはくれなかった。

「どうしようかな、これ。」
 飴の包み紙に入っていたメモ。

『今晩部屋に来て。髑髏。』
 イーピンとランボ分のキャンディーはどちらへ行くかわからないから、論理的に考えれば、山本にあ
てたんだろう。イーピンやランボを部屋に呼ぶならば、こんなまわりくどい手を使う必要がないし。

「でも、山本さんはメモに気づかなかった。」
 ランボには髑髏の意図がわからない。
 髑髏さんが山本さんにふられたのかな?
 だけど、髑髏さんって山本さんを特別好きそうには見えないけどな?

「わからないな。」
 ランボは片目をつぶって考えた。
 イーピンは優しくない。
 年上の人たちはみんな優しい。
 年上の人たちはみんな甘やかしてくれる。

「行ってみよう。」
 ランボは髑髏の部屋に向かった。



「あら?」
 髑髏は部屋に入ってきたランボを見て笑った。ランボの手にはキャンディーが2本握られている。

「山本さんに1本いただきました。」
 ランボは片目をつぶる。
「山本さんは酒飲んで眠ることにしたみたいです。」

「そう。」
 髑髏はやけ酒を飲む山本の姿を思い浮かべて微笑んだ。
 もうそろそろ諦めてもいい頃だから、少し甘えさせてあげようかと思ったのだけれど。

「僕、イーピンにふられたんです。イーピンが好きなのは髑髏さんですよね?」
 ランボは舐めかけのキャンディー2本を、髑髏の前に差し出した。

「これは返します。だから今日は僕に、イーピンちゃんの夢を見させて下さい。」
 髑髏は目を瞬いた。
 小さな男の子だとばかり思っていたら。

「イーピンちゃんのおさげをほどいて、触ってみたいんです。」
 それは私もしてみたい。

 髑髏はイーピンの髪の艶を思い浮かべながら、ランボの視覚と中枢神経を霧で包みこんだ。
 


2009/03/14

 

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