風の強い日

 

 それは空高く晴れて暖かで、そのわりに風のとても強い日のこと。


 ツナが沢田家に帰ると、リビングのガラス越しに、庭で洗濯物を取り込む奈々の姿が見えた。

 ひるがえる洗濯物の間を動きまわる傍らには、チビ達の姿も有る。
 チマチマ洗濯バサミを集めているイーピンに、あろうことかビアンキのブラを角にひっかけたランボが
ちょっかいをかける。
 赤くなったイーピンがランボに蹴りを入れようとしたその時。

「ランボちゃんもイーピンちゃんも、お手伝いしてくれるから、ママいつも大助かりなの。」

 にこやかに語りかける奈々の声が聞こえた。
 
 本当に本当に、素敵な母親。

 ざららざららと風が鳴る。



 階段を上ってその先の自室のドアを開けると、ツナの目の高さに裸の背中があった。

 微かに隆起する肋骨のカーブ、その骨の色まで透けて見えているかのような乳白色の皮膚。

「ただいま。」

「お疲れ様です。すみません、こんな格好で。」

 獄寺は椅子の上に立っていて、高く上げた右手で電球を巻き、左手には埃っぽくなった電球を持っ
ていた。
 電球を替えているところでドアが開き窓からの風が吹き抜けたため、シャツが盛大にまくれあがった
というだけのこと。

「お母様が苦労されていたので、やらせていただいてます。」
 獄寺は上を見たまま作業を続ける。

 ざららざららと風が鳴る。

「すぐに終わらせひぁっ」
 ツナの指先に、触れそうで触れないほどのタッチで背骨のくぼみを撫で下ろされ、獄寺が声を上げ
た。
 今手を離せば、巻きかけの電球が落ちてしまうのだろう、くすぐったがるだけでどうしようもできない
様子が可笑しい。

「ふざけないで下さいよぉ」
 それでもまだ、獄寺はツナを振り返らない。

 ざららざらら。

「うん、すぐに終わらせてね。」
 もう一撫で。
「ふゃんっ」

 ざらららら。

「部屋に入れないから。」
 腰まできた指を脇腹にまわす。
「ぁっ」

 ぱりん。

 獄寺の左手に握り潰された電球の欠片がハラリと床に散る。

「ごめん。ふざけ過ぎちゃった。」
「すみません。すぐ片しますから。」
 ようやく、二人顔を見あわせて謝罪しあった。


 獄寺の左手には切り傷ができていて、ツナはわたわたしながら何度も獄寺に詫び、獄寺は却って恐
縮し、ガラスを片付けようとするのを、命令だからと言って階下に消毒に行かせた。


「アホだな、ツナ。」
 いったい何時から見ていたのだろう、リボーンが嘲笑する。
「感情にまかせて動けば、状況は悪化するもんだぜ。」


 ざらざらざら。


 拾い集めたガラスを捨てにツナが一階に下りると、リビングで奈々が救急箱を開いていた。

「すみません。ご面倒おかけしまして。」
 獄寺が絆創膏を貼ってもらっている。
 
 ざらら。

「はい、でーきた。」
「ありがとうございます。」

 今の獄寺は、チビ達が奈々を見上げる時と同じ顔だな、とツナは思う。
 誰といる時よりも無防備で幼い顔。



 ざららざららと風が鳴る。


 本当に本当に、素敵な母なのだけれど。

 



2009/02/16

 

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