カボチャ畑で捕まえて 1

 10月30日の放課後、獄寺は応接室を訪れるなり壁に貼られたカレンダーとにらめっこをはじめた。
「何してるの?」
  ソファから腰を浮かせた雲雀は、テーブルの上のヒバードを小さい方から順に整列させながら獄寺の背に問いかける。
「お前こそ何してんだよ?」
  やっと雲雀の方に来た獄寺は、ついでにつんと一番先頭のヒバードのお腹を指先で押した。するとヒバードはぴよぴよぴいぴい鳴きながらころんころんと倒れていく。そして遂には一番端のヒバードがテーブルの際から転がり落ちて、床につく前にぱさっと羽ばたき舞い上がり、獄寺の鼻先で唄った。
「♪トリック・オア・トリート♪」
「ワオ。初めて成功した。」
  雲雀が満足気な一方でヒバード達は練習に飽きていて、みな飛び立って獄寺の周りをぱたぱた踊り回ってとりっくとりっくとりととりーとと唄いだした。
「何だよそれっ?」
  獄寺は視界さえ覚束ないけれど、ふわふわの羽毛たちを傷つけたくなくて、腕を上げて振り払えない。雲雀は窓辺へ向かう。
「ドミノ倒し。明日の余興に。」
  どわっ。
  ヒバード達が一斉に窓から飛び出して行くのを見送ると、雲雀は窓枠に凭れて獄寺を眺めた。
(明日、この子は何の仮装をするのかな?猫男の衣装を用意しちゃったけど、どう言って渡せばいいんだろう?ああ、でも、魔女も捨てがたいし、着ぐるみ系も心惹かれるし。)
「ドミノはわかってる。」
  獄寺はぴっとカレンダーを指差した。
「アロウィンって何の日だ?カレンダーにねえけど。」
  カトリック国のイタリアでハロウィンは祝われない。11月1日は諸聖人の祝日で祭日、2日は死者を偲ぶ日で墓参りに行く習慣があるが、その前夜祭にあたるハロウィンはない。近頃イベント的に広がりだしてはいるが、アメリカのお祭りだと思われている。
「風紀委員会は何やんだ?」
  教室で十代目に、明日はどうするの?本場はきっと一味違うよねと言われ、知ったかぶってどうぞご期待下さいと言って出てきたけれど、何にもわかっていなかった。疑問符を並べた頭で廊下を進めば、掲示された並盛ハロウィン・パレードのポスターに風紀委員会主催とあった。
「ふうん。イタリア人の君がハロウィンを知らないとはね。」
  雲雀はちょこっと頭をひねった。獄寺に取っかえ引っかえ色んな仮装をさせる口実を設ける、いいチャンスだけれど。
「毎年10月31日は、風紀委員会で1個100万円のオバケカボチャを売る日だよ。」
「高けえな!誰も買わねえよ!」
  並盛町中の流通は牛耳っている。風紀委員会の管轄下から外れて闇カボチャを売買する者があれば、発見次第没収し懲役刑か罰金刑に処す。
「うん。みんな暗くなると仮装して畑に盗みにくるから、警備が大変だよ。」
  雲雀はため息をついた。獄寺があれこれ可愛いコスをしてくれたところで、カボチャ泥棒を咬み殺すのに忙しく、ゆっくり見ている暇がないのだ。
「さっきのヒバードのあれは?」
「夜明けまでに一個もカボチャを盗まれなかったら、慰労会で風紀委員に見せてあげるんだ。」
「あいつらそんなんで喜ばねえだろ。」
「カボチャ畑の警備ってかなりハードな仕事でね。風紀委員だってわからないように仮装もしなくちゃいけないし、たまにカボチャを買いに来るお客もあるし。」
「買う奴いんのかよ!」
「厳選したカボチャだから毎年10個は売れるよ。カボチャは家までパレードで配達することにしてて、それを見に野次馬がいっぱい来て交通整理も大変。配達中はどうしても警備が手薄になるから、泥棒達はその隙を狙って一斉に畑を荒らしてくれる。一晩中寝ないであちこち咬み殺しまくりだから、朝には何を見てもふわわってハイになれちゃうんだよね。」
雲雀はふうっともう一度ため息をついて、憂いに満ちた眼差しを窓から遠くへ注いだ。その先には既に風紀委員達に監視下に置かれたカボチャ畑がある。
「ハロウィンって怖い祭りだな。」
  獄寺はぶるっと震えてから、さてどうやってカボチャを盗み出し、雲雀の鼻を明かしてやろうかと考えはじめた。




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