毒姫君(どくひめくん)9


 火曜日の放課後、ツナは山本と獄寺からそれぞれ報告を受けた。

「ツナ、ツナ、聞いて、聞いて。オレ、獄寺とキスして、じゃあ、今日は部活に行けって言われて、バッ
ティング・センターに行くのは日曜になったのな。じゃ、また明日!」

 山本の報告は情報過多で要分析だったから、聞いても照れている暇がなかった。

(獄寺君とキスしたんだ。良かったな、山本。
部活に行けって言ったのは獄寺君だ。早くも山本、獄寺君の尻に敷かれはじめた?
それから、日曜日には、バッティング・センター。健全なデートコース。)

 ツナは潜在意識の片隅に、分析結果のメモをとる。
 間違って表層意識に記したら、みんなの話を聞いていちいち素直に驚いたり、突っ込んだりができな
くなってしまう。



「・・・・・・あの、10代目。」

 下校途中、獄寺が呼び掛けてから口ごもった時に、ツナは獄寺が何を言いたいのかわかっている。
唇をかんだり、金魚みたいにぱくぱくしている様子を可愛いらしいと思う。

「どうしたの。獄寺君?」

(わかってはいるけど、君が僕の言うとおりにやってくれたっていう報告を聞きたいんだ。)

「・・・・ちゃんと、ちゃんとキスしました。」

(獄寺君が僕の掌の上で踊っている限り、誰とキスしようが誰とセックスしようが、気にならない。気に
しない。気にかからないことにする。)

「良かったね。初めてするなら、好きな相手の方が絶対にいいからね。」

 ツナに曇りのない笑顔でそう言われて、獄寺は胸をはった。

「はい、ありがとうございます。これで暗殺の仕事、きっちり、やらせていただけます。」

「うん。頼むね。」

(どうせ毒姫として使わなくちゃならないんなら。)

 ツナは、獄寺が悩んだり苦しんだりしないようにと考えている。

 毒姫としての仕事はツナが直々に指示して、獄寺が任務を遂行すれば、感謝して褒めまくるつもりだ。

(これで獄寺君のプライドは保たれる。)

 それから、キスしたりセックスしたりする相手をつくらせて、仕事とプライベートとを完全に別モノだと
区別させる。

(山本なら身内だからちょうどいい。秘密がひろまるのを防げる。)

 計画通り。

(うまくいってる。)

 そう思おうとするのに、ツナは苦しい。
 便利な兵器が有ったら使うのは当然だけれど、便利な兵器が無かったら良かったと思うのまでは止められない。

「獄寺君、今日はうちに寄ってくれる?明日の準備をしておきたいから。」

(君が毒姫なんかじゃなければよかったのに。)

「はい、10代目!」


 


 獄寺は沢田家にお邪魔して、一人ツナの部屋で椅子に座って待っていた。
 準備にはビアンキも参加するそうで、緊張の面持ちだった。

「ごめん、待たせたね。」
 扉を開けたツナの後ろに立ったビアンキがゴーグルをつけているのが見えて安堵する。

「じゃ、獄寺君、目をつぶってくれる?」
「はい?」
 獄寺は怪訝に思いながらも、ツナの指示であるから素直に目を閉じた。
 すると、誰かが自分の真後ろに立つ気配を感じる。

「?」
 真前にも人の気配。

「目は開けないで。」
 真後ろからツナの声がした。それから閉じた目の上に、手で目隠しをされる。

「ビアンキさん、お願いします。」
「?!」

 ふわん。毒のように甘い花の香りがして、サラサラの髪の毛が首にあたった。
 そして。
 柔らかな唇が唇にあたる。

「ぎゃ」
 それが姉のものだと気づき、獄寺は小さく抗議の叫びを上げた。
 その唇の開いた隙間を、舌に攻め込まれた。

(なんで姉貴とキスなんか!!)

 ぬめぬめした感触が気持ち悪くて、立って逃げだしたくても、真後ろに立つツナを突き飛ばすこともで
きなかった。

 歯並びの確認でもするように、ビアンキの舌は機械的に獄寺の口の中を探っている。

「獄寺君、聞いて。」

 獄寺の耳元でツナが諭した。

「君とこんなキスができるのは、ビアンキさんだけだ。だから、明日の予行練習はビアンキさんとするし
かないんだよ。」

 その言葉に呼応して、ビアンキが獄寺に口から離れる。

「舌の使い方を覚えておきなさい。」

 再び唇を塞がれる。
 甘ったるいグロスの香りが気持ち悪い。舌を絡められて息が詰まって苦しい。
 それでも、仕事のために必要と頭を切り替えて、姉の舌の動きに意識を集中する。

(こうゆう動きを覚えるの、きっと山本、上手そう。
ああ、でも、ホント、山本とファーストキスしておいて良かったです、10代目。
実の姉とが初めてだったら、切ない。)




 そして、水曜日の昼休み。
 ツナは今日も気を利かせてくれたので、獄寺はまた山本と二人きりで非常階段にいた。

「どうした、獄寺?」
 山本は2個のソーメンパンのラップを半分はがし、一つを獄寺に渡した。
「なんか、今日静か。」

 獄寺は山本の唇を見ていた。

(あんなキスしたら、死んじまうんだよな。山本。)

 普通に話している限り、舌なんて見えない。

(でも、どんな感じだろう。山本とあんなキスしたら。)

「はい、あーん。」
 山本がソーメンパンを獄寺の口の前に差し出した。

「獄寺も。」
 山本に促されて、獄寺も山本の口元にソーメンパンを差し出した。
 2人同時に、競争のようにかぶりつく。

 腕が交差するのが可笑しい。
 無駄なことをしていると獄寺は思う。
 それでも、一緒にこんな食事ができて、キスできるのは山本だけ。

「・・・・ソーメンパンって、美味くはないのな。」
「同感。」

 獄寺はまた、山本の唇を見ていた。





 その日の夜。
 ビアンキに髪を黒く染められ、特徴のないブレザーの高校の制服を着た獄寺は、並盛駅から数駅離
れた駅前のファーストフード店でコーヒーを飲んでいた。

「君かな?」

 チェックの制服姿の女子高生が獄寺の肘つついて、片手に持った携帯のメールボタンを押す。獄寺
のコーヒーカップの横で、マナーモードの携帯がメールの着信を告げた。

「あ。そうだ。じゃ、いこう。」

 獄寺は無言でうなずくのを、少し離れた席から野球帽を深くかぶったツナが見ていた。リボーン、ビ
アンキ、シャマルらも、店の外で尾行している。獄寺の毒姫としての初仕事とあってものものしい。

(ミッションは単純なのにね。デート中に獄寺君がキスすればいいだけで。)


 その女子高生が、今回のターゲットで、内藤ロンシャンの組織、トマゾファミリーの戦術担当者の娘、
というより次代 の戦術担当者である。
 一度、対立組織との抗争に彼女が書いたシナリオを使用したら、一人も死者が出なかった。トマゾ
ファミリーの人間にあるまじきことに、突然変異的に優秀な人材。
  その事実に気づいて、リボーンは一言マズイと言った。

「内藤んとこがいきなり強くなってみろ、今まで格下だと思われてお目零しで生かされてたのに、脅威
になる前にってよそから叩かれて、いずれ全部潰されるぞ。」
 トマゾファミリーは直接的にボンゴレの配下にあるわけではないが、事実上庇護下にあも同然。そ
こを潰されたとなれば、ボンゴレとて動かざるを得ない。

「ええっ、一人のせいで全滅!?そんなに優秀なら、ボンゴレにスカウトすれば?」
  ツナとしては当然の問いだった。

「ダメだ、あそこは結束だけは強いし、内藤とは子どもの頃から、家族ぐるみのつきあいだとよ。よそに
行けって言われんのは、死ねって言われるのも同然だとよ。」

 リボーンは既に打診をしてみていたが、ロンシャンにノンノンと首を振られていた。

「おまけにそいつのシナリオ、トマゾのファミリーの人間、上から下っぱまで、全員の気質体質を熟知し
たで書かれてるからいいんだ。ボンゴレに貰ったところで使い物になんねえ。」

「・・・・・ロンシャン君に、自分のところの人が殺せると思う?」

 とはいえ、同盟関係にあるボンゴレから、表だって暗殺者を送ることはできない。
 打診を受けているだけに、彼女が暗殺された時点でボンゴレからの刺客の可能性に気づかないほど
には、ロンシャンも鈍くはないだろう。

「まあ、無理だな。」

 リボーンの脳裏では、既にロンシャン亡き後の勢力図の描き換えがはじまっていた。その時はま
だ、獄寺を毒姫として使えないと思っていたからだ。



(こんなこと、獄寺君は知らなくていいし。)





2009/04/12

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