わるいひと
十代目は決して浮気性という訳ではないと思う。原因はオレにある。正式に十代目に就任した直
後から、早くご結婚されて十一代目を作られるのも務めですと、口煩く言い続けたのがいけなかっ
たのだ。ついにオレの知る限りで十代目と寝ていない女性はお母上だけなんて事態になってしまっ
た。二十四歳にして八男九女の父親。一説によると五十人以上子どもがいたという、徳川家康を
見習うおつもりかもしれない。
「日本なら逮捕されます。イーピンは十五ですよ!」
十代目は氷を入れたグラスを頬に押し当てている。イーピンの師匠の風に一方的に殴られた直後な
のに、その程度のダメージで済むのが凄い。
「マフィアらしくないこと言うんだ。」
九男なのか十女なのかまだわからないが、これで打ち止めにして頂きたい。家か綱か吉のつく名前
だって、もう思いつかない。
「いい加減、女遊びは止めて下さい!」
十代目はオレを直ぐには見なかった。ゆっくりと女達がもてはやす甘い憂いを帯びた流し目をよこ
す。オレは女達の口から度々こぼれる言葉を思い出した。『本当に好きな相手からは全く相手にされ
ていない、意識されてもいないよって遠い目をされると、なんか可哀想で構ってあげたくなる。』
「それならキミに遊んでもらおう。」
カラン。十代目がグラスを置かれた。よかった。頬の腫れはもうすっかりひいている。
「うちのファミリーに独身男が多いのは、キミが相手をしてくれるからだって噂になってる。」
オレを視界に収めている様でいて、その実、その視線はオレの身体を通り越し、遠いどこかの誰か
に注がれているのだろう。
「そんなのデマです!真っ赤な嘘です!」
根も葉も無い噂だ。確かに血迷った男数人から告白されたこともあったが、そんなのにつきあってい
る義理も暇も無い。乳飲み子と幼児を抱えた女達を巡回するだけで、オレのプライベートタイムは完全
消化される。小さなお子様方のお相手をさせていただくのは何より楽しい時間ではあるのだけれど、せ
めて一か所で大量生産して下さればいいのにと思うことがある。
「本当に?それなら証明してくれよ。」
一昨年男女の双子をもうけたハル以外で、十代目のお子様を二人以上産んだ女はいない。つまり
矢継ぎ早に新しい女性に手を出されているということだ。マフィアの父親にかえりみられない母一人子
一
人の家庭なんて、身につまされて気にかけずにはいられない。
「証明?ですか?」
あれ?最初はオレが小言を言っていたのに、いつのまにか十代目が会話の主導権を握っておられ
る。武力闘争だけでなく数々の交渉の場で鍛えられて、素晴らしい駆け引きの術も身につけられておい
でだ。
「オレの右腕がファミリーの男連中の公衆便所になってるなんて噂、忌々しいからきっちり否定してみ
せて欲しい。」
オレンジ色に発光する目がオレに向けられる。十代目は本気で怒っていらっしゃるご様子だ。
オレだって憤慨する。そもそもあんな噂が流れたのは、十代目が適齢期の女性をみんな囲ってしま
われたから、男があぶれているせいです。
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