テラ・インコグニータ



「っかっ。」
 既にベッドの上で半裸に剥かれた状態で、自分より長身の男にのしかかられた上に腹を拳で打た
れ、獄寺は眉根を顰める。
 律儀な彼は行為の前に必ず獄寺を殴る。
「っつう。」
 そこまでしなくてもと思う。
 獄寺は目をつぶる。ああ、もう涙腺の締りが甘い。
 自分が受け取った僅かばかりの甘い言葉よりも、彼等の間の信頼関係の方が価値が高い気がして
妬ける。
「んんっ」
 やがて獄寺を殴る拳が開かれて、その指先が汗に湿る獄寺の前髪を分ける。
 額に触れ、頬を撫で、顔の骨格を確かめるように触れてから、鎖骨まで撫でおろす。
 すべてが儀礼化されて慣らされて、目さえ閉じていれば耳障りの良い小曲の演奏が終わるのをた
だ待つのに似た時間が始まる。
 
 
 
*         *         *         *         *         *
 
 
 
 まだ誰にも盗掘されていないピラミッド、ツチノコ、海底に沈む古代遺跡、ネッシー、UFOを召喚する
呪文、雪男の足跡、地底世界への入り口の在処。
 10年前、風紀委員会室である応接室に飛び込んできては、雲雀にまとわりついてきて、蹴っても叩
いても、そんな戯言ばかり楽しげに喋り続ける下級生がいた。
 随分懐かれたものだと若干のくすぐったさを覚えるのと同時に、獄寺が自分のどこを見て懐いてくる
のか疑問に思った。
 ある時、延々とストーヘンジについて語る獄寺を追い払うため、雲雀はトンファーを振りかざした。
「そんな話ばかりしてるなら、学校辞めて、世界中のどこでも探検に行けばいいでしょ。」
「オレは10代目の右腕になるから。冒険家にはならないんだ。」
 獄寺は首に突き付けられたトンファーの先を、手で押し返しながら笑って言った。
「そう。」
 獄寺の言葉にがっかりしている自分に、雲雀は気づく。
 誰も知らない未開の土地を歩く獄寺が、どんなにか自由で活き活きとした目でいるか想像できて、
雲雀には獄寺の選択はつまらなく思えた。
 
「だから、ヒバリがオレのかわりに、色んなものを探して見つけてきてくれるといいな。」
 
 ああ、そうか。雲雀は気づいた。彼はどうして懐いてくるのか。
 日本の中学生には馴染みきれない獄寺は、単に獄寺の周囲で頭抜けて日本の中学生離れした雲
雀に、自分を投影しているのだ。
「何ソレ?勝手に決めつけないでよ。」
 なんだ。僕を見ていたわけじゃないんだ。
 雲雀の胸に小さな穴が開く。
 その穴に風が吹き込む間も無いほど、反射的に手足が動いて、雲雀は獄寺を打ちつけた。
「・・・いいなって、言っただけだろっ!」
 
 当時の雲雀には、現実や感情や思考を塞ぐあらゆる障害物に抗する為の手段として、圧倒的な暴
力の外に術を持たなかった。
「委員長、もう限界です。」
 草壁副委員長にカーテンだかクロスだか大きな布を頭から被せられて、雲雀はやっと動き止めた。
 そして、床に倒れて意識の無い青褪めた顔を見、胸の穴にドライアイスで火傷するような痛みを感じ
て、ようやく自分がその下級生を大事に思っていたことに気づいた。
 その時、雲雀は生まれて初めて、暴力以外の手段を持つ必要性を知った。
 
 
 
*         *         *         *         *         *
 
 
 
「んんっ」
 男の熱い掌に、先ほど殴られた場所の皮膚を確認されて、獄寺の肌は一瞬あわ立つように寒気し
てから、油を含んだ紙のように燃え上がる。
 濡れたままの長い前髪が獄寺の胸に触れるのがくすぐったい。
 獄寺は目を閉じたまま、その頭に手を伸ばす。
 記憶にあるよりもかたい、その髪の感触を確かめる。
 
 
 
*         *         *         *         *         *
 
 
 
 どこまでが正しくてどこからが間違いなのか、度々考えたけれど獄寺にはわからない。
 まだ間違ってはいないのかもしれないし、出会ったところから間違いだったのかもしれない。 
 
 応接室で殴り倒された翌日に雲雀から告白されて驚いて、口説かれても信じられなくて、そう言った
ら殴られて、それから時間をかけて口説かれて、
たまに殴られて、 でもそんな時雲雀は悲しそうな顔をしていて、信じていいかなという気になって、キ
スするようになって、でもたまにごんごん殴られて、
その反動で甘やかされて。
 それからまたちょっと時間がかかったけれど、自分が雲雀を嫌いではないんだなと思って、そう言っ
て。
  高校の応接室のソファで、何故かやっぱり殴りつけられ上で、服の中に手を入れられまさぐられてい
る最中に、草壁副委員長を呼びつけて、「殴りだしたりしたら止めてね」と言った時には驚いて眩暈が
するほど恥ずかしくて悔しかったけれど、はじめての獄寺に「僕は動きたいんだから弛めて」と言って
きかずに動き出す雲雀に、それは無茶と諭してくれたのは有難かった。
 高校を出て獄寺がイタリアへ行ってからは、ボンゴレの右腕かつ嵐の守護者と、日本の一大学生と
立場が変わって会えなくなるのだろうと考えていたら、雲雀は度々ボンゴレを訪ね獄寺と逢瀬を持っ
た。
「君のためにボンゴレを守護してもいいよ。」
 そう言って、ボンゴレのいうことはきかないけれど、右腕のいうことはきく雲の守護者なんて呼ばれ
て、でも右腕というのはそういう立場で、雲というのはそういうものなんだから仕方ないとボンゴレに笑
われて、獄寺は雲の守護者を繋ぎ止める功労者と称えられ、周囲は勝手に祝福してくれた。
 雲雀はまだ時々衝動的に獄寺を殴るけれど、もしかしなくても相思相愛なんじゃないかと思えるよう
になれたと思ったら。
 
「僕は、君のボンゴレのために、君のかわりにリングとボックスの謎を探りに行くよ。」
 
 そう言って出て行ったきり、もう3年近く顔を見ていない。
 
 
 草壁に訊けば、今雲雀がどこの大陸にいるかぐらいの精度の情報をくれるし、たまにアホみたいに
大きな異国の香りのする包みを送ってよこしたりするから、生きて元気にしているのだろうと思う。 
 雲雀が獄寺を殴ってしまう衝動を止められないことを悩んでいたとか、雲雀がいない間に獄寺がさび
しがっていないかと心配しているとか、草壁は教えてくれた。
 
「さびしがってるかって?自惚れ野郎め!」
 そんなこと心配なら帰ってきやがれ。いやそれよりも。
「帰ってきてから後悔しやがれ、浮気してやる!」
 と言ったら、草壁に殴りつけられねじ伏せられ、目隠しされて犯された。
 
「恭さんの指示ですから悩まないで下さい。」
 他の男に感じてしまうことより、その言葉が悔しかった。
 
 
 
*         *         *         *         *         *
 
 
 
 行為の最中に声を聞くと白ける気がして、普段は話しをしないけれど、獄寺はふと気になっている疑
問を口にした。
「哲さん自身としてはどうなのオレのこと?」
 雲雀の手順を真似て、獄寺の背中に腹に赤い痕をつけるため、草壁はきつく咬むように吸う。
「役得だと思っていますよ。」
 姿は綺麗だし、表情がころころ変わるのは可愛いし、恭さんを想って寂しがるのはいじらしいと思い
ます。
 真面目な口調が可笑しい。一歩間違えば口説き文句なのにそうはならない。
 草壁は強面に似合わず温厚で繊細で、雲雀の指示でなければ獄寺に手を上げることなどないだろ
う。
 中学時代から馴染みだし、嫌いじゃない。
「あっ」
ただ、指で奥まったところを弄られて嬲られて、よがらされるようなことになろうとは思っていなかった。
 回数的にはこの人とこうするのも、雲雀とするより多いんだよな。それは変な感じがする。
 
 クチュ。
 
 
 四つん這いにされた体の中から漏れた濡れた音に浮されながら、ふと獄寺は思う。
 自分が草壁を堕としたら。
 雲雀は大事な腹心の部下を取られたことに怒って、自分を殴りに帰ってくるかもしれない。
 まあ、100年かかっても無理だろうけれど。
 
 指をはずされ、腰を固定されてより量感のある熱い塊に押し開かれて、腸の中の空気が圧し上げら
れて移動する感覚に震える。
 どんなに感じたとしても、雲雀に自慰を強いられているのと同じ。
 ただ肉体で快感を追い求めればいい。
 こんなことを続けていたら、当てつけに他の相手を探す気力も起きない。
 暴力以外の手段も手に入れた雲雀は、狡くて悪賢くて、どうしたって対等につきあえている関係じゃ
ない。
 
 絡めとられてしまって、指一本動かすことができない。
 目を開けて、自分を抱く男の顔を見ることさえもできないのに。
 
 
 悔し涙が零れそうだ。  
 違う男に貫かれながら、どこか遠い処へ行ってしまった恋人の帰りを待ちわびていることしかできない
なんて。











2009/03/01

 

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