誰が袖

「10代目、お疲れ様です。」
 銀色頭の少年が下駄箱の前、揃えた靴の横で姿勢正しく礼をする。
「・・・いたんだ、獄寺君。」
 沢田君が一応自分の下駄箱をあけてみるも、そこは空っぽ。
 やはり獄寺君が先に並べておいてくれたのだろう。
「ありがとうございます、獄寺君。」
 感謝の気持ちより困惑の感情を込めて慇懃無礼に。
「いえ、とんでもありません。」
 沢田君が上履きを脱ぐと、獄寺君はそれを下駄箱にしまわずに、ビニル袋に入れる。
「?」
「お母様が週末には持ち帰るよう、言われていましたから。」
 そう言えばそんなことがあったなと思いつつ、沢田君がビニル袋に手を伸ばすと、獄寺君は大きくか
ぶりを振った。
「いいえ、俺がご自宅までお持ちしますっ」
 何故に、この帰国子女は日本語の敬語の使い方をマスターしているんだろう。
 せめて日本人離れした容姿そのままに、おかしなイントネーションで日本語を話してくれたなら、周
囲の人間も変な外国人が一人で空回りしていると思ってくれるだろうに。

「もー、ダメツナ、ちょームカツクゥ」
 下駄箱の向こうから、わざと潜めた少女の声。
「なんで、なんにも日本のこと知らない獄寺君に、極道ごっこさせてるわけェ?」
「最近ちょっと目立ったからってェ、何勘違いしてのってかんじィ。」

 未だ来日して日の浅い獄寺君が、ギャル語のリスニングは今ひとつだったのが幸いした。
 獄寺君がまた何かやらかさないうちに、早く家まで帰ってしまおう。

 下駄箱の向こうで少女たちの嘲笑が広がりかけたその時。

 ドン。バサリ。
 紙束が落ちる音がした。

 へえ、本当にあるんだ。下駄箱から落ちてくる手紙って。
 沢田君は感嘆符をひとつ。

「よっ、お前ら今帰り?」
 中学一年生にしては上背の高い少年が、靴を履き替える。
「山本も?」
 山本君は紙束を拾ってくしゃくしゃに丸めた。
「おっ、丁度いいな。」
 獄寺君の持つビニール袋に押し込む。
「おいっ!」
 獄寺君が気色ばむ。
「なにすんだ、山本!」
「あ、なら、オレが持つ。」
 ビニル袋は山本君の手に渡る。
「よし、帰ろう。」
 獄寺君は部下に荷物を預けた気なのか、うんと一人頷いて一人で先に出て行った。
「山本、それオレの上履きだから。」
 沢田君はこれ幸いとビニル袋を受け取る。
「あ、悪い、ダイレクトメールは捨てといてな。」
 それは違う。沢田君は思った。


 3人で登下校したりつるんだりするようになってすぐに、沢田君の右腕を自称すると同時に山本君を
敵視する獄寺君によって、59・27・80若しくは80・27・59の並び順が定着した。
 そして今日は59・27・80。
 右側の誰かはちょっと機嫌が良い。
 沢田君はこっそり、ビニル袋を左手に持ち替えた。

「ああいう女の子たちって、ダメだ、オレ。」
 ぽつり、沢田君がつぶやく。
「10代目はダメなんかじゃありません!」
 最後の部分だけリスニングできた帰国子女が、なんか叫んでいる。
 そのダメは違う。沢田君は思った。

「あー、オレは隣の隣の席になる子が、ダメだな。」
 山本君は何かを考え考え喋る。
「へえ、なんで?」
 誰とでも上手くやっていけるように見える山本君に、苦手なタイプがあるとは思えない。
「席替えするだろ、隣の奴がいるだろ。で、ちらちら何か白いのが見えるわけ。」
「うん。」
「それが隣の隣の子の袖口だって気づいて、そこから二の腕見えてたりすると、なんかもう気になりだ
してダメ。」
 そのダメも違う。沢田君は思った。






2009/2/13



 日本語って難しいと思います。

inserted by FC2 system