死刑執行人と羽根のあるこどもの話

 

 雲雀は崖の上の館に住んでいた。窓は多いけれどひっそりと暗いその館に生まれ育って、今は一
人で暮らしている。
 雲雀は目が大変によく、書物を読む目を休めるための一時に、崖の上の館のてっぺんの部屋の窓
から、町の人々の暮らしを眺め下ろした。
 大きいものが小さいものからパンを奪い、強いものが弱いものに熱した油をかける。高いところから
は、群生する動物の生理を見とおすことができた。
 つぶつぶしたものが、すれちがい、くっつきあい、ぶつかりあい、こわし、こわされ、すり減っていくの
に、いつのまにかまたもとどおりになっている。粘菌類と大差ない。 きもちがわるい。
 目は休まれど、心は重く濁る。また書物を開く。

 
 そんな雲雀ではあったが、週に1度は館を出て長い坂道を降りて、町へ行かねばならなかった。
 雲雀家は代々、町の死刑執行人をつとめている。
「今日は7人。」
 法によって裁かれた死刑囚を殺める単純な業務だ。仕事が済み次第、手を洗い謝礼を受け取り、パ
ンを買って館へと帰る。

「パンくれ。」
 帰りの坂道を上る途中で、羽根が生えたこどもと会った。銀の髪に緑の目、人外の生き物である。
「・・・。」
 雲雀は見て見ぬ振りで通り過ぎようとしたが、ぱたぱたとかげろうのように透き通る羽根をはばたか
せて、雲雀についてくる。
「パンくれ。腹へった。」
 こどもは上から雲雀の黒い髪に触って訴えかけてくるので、雲雀もとうとう無視ができなくなった。

「うるさい!下の町へ行け。」
「町でアネキが羽根を裂かれて殺された。」
 よく見ればこどもの体にも剣で切られた傷が走っていた。
 雲雀はため息をついた。袋からパンをひとつ出す。こどもは地に降りて目を光らせた。
「パンをやるかわりに、君は僕に何をくれる?」 
 こどもは雲雀の手からパンを奪い取って食べた。
「何が欲しい?」
 そう返されるとは思っていなかった雲雀は絶句した。
「僕が欲しいもの?」
「ああ。」
 雲雀はこどもが食べる様子を見ながら考えた。ぱたぱた。こどもの背で羽根が嬉しそうに揺れてい
る。

「その羽根が欲しい。」
 雲雀はナイフを取り出した。今日も4人の血を吸った刃物は、清められてぬめやかに輝いている。
 こどもは一瞬、きょとんとした顔をして、すぐ表情を無くして飛び立とうとしたが、既に雲雀の手はこど
もの足首を握っていた。

「ぎぎぎいぎい。」
 羽根を切り取る間、こどもは機械じみた叫びをあげていた。左右対称3対の6枚羽をすべて切り終え
た時には、こどもの背中は血で真赤に染まっていて、きれいだった羽根もすっかりどす黒くなってしま
っていた。
「なんだ、つまらないな。」
 雲雀は羽根を千切り捨てた。
「ぎいぎいぎい。」
 羽根をもがれたこどもは痛みに地面をのたうち転げた。
「じゃあね。」


 翌週、町からの帰り道、雲雀はまたこどもと出会った。
「ぎいぎいぎい。」
 背には6つ、かさぶたができていた。
「ぎい。」
 こどもはうらみがましい目で雲雀をみつめた。
「僕は切り方がうまいからね。傷はすぐにふさがったでしょう。」
「ぎっ!」
 羽根をもがれたこどもは、人間にしか見えない姿になっていたのに、人間の言葉を話せなくなってい
た。
「町へ行きなよ。」
 雲雀がパンを町に向かって投げると、こどもはパンを追って坂を下って行った。


 その翌週、そのこどもは死刑囚のひとりとして、雲雀の前にあらわれた。手足に鎖をつながれ、白い
布で目を覆われている。

「ぎ。ぎ。ぎ。」
 綺麗な服を着せられ、革の靴を履いていたが、確かにあの、かつては羽根の生えていたこどもだっ
た。

「・・・この子、何をしたの?」
 これまで、死刑囚の罪状など気にとめた様子がなかった死刑執行人からの問いかけに、役人は驚
いた顔をした。

「この者は人ではありません。それがこの者の罪であり、それを罰するのがこの町の法です。」

「そう。」

 雲雀は目を閉じた。つぶつぶ。粘菌。ぶつかりあい、ほろぼしあう動物たち。てっきり、僕は、僕だけ
は、そんなものとはかけはなれていると思っていたのに。崖の上の館から見おろしているだけで、自
分には関係のないことだと思っていたけれど。
 目をつぶり、耳をふさいでいるだけではだめだったんだ。
  
 雲雀は目を開けると、一太刀で役人の首におとした。

「ぎ。」

 雲雀は、こどもを戒めていた鎖を切ると、腕に抱きかかえて館へと走った。

 坂の途中、雲雀の腕の中で、子どもは自分で目隠しの布を外した。

『はじめっからこうして、連れて行ってくれりゃあ、よかったのに。』

 苦い響きをもって呟かれる音。
 今、雲雀はこどもの言葉を理解できた。

『お前だって、町に殺されるかもしれねえ。』

 こどもの手がはじめて雲雀にあった日のように、雲雀の髪に触れた。
 ぱたぱた。
 もう羽根はないけれど、よく動く10本の指。

 すべてをうしなったけれど、命をおとすことになるかもしれないけれど、僕は僕が欲しいものを見つけ
ることができた。手にいれることができた。
 
 
 その時はじめてこどもは雲雀の顔に微笑みが浮かぶのを見た。

「戦って、それで死ぬのなら本望。」




2009/04/28

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