【ヒバ誕お題】ろうそく何本?

 

『ろうそくを沢山用意してくれ。5月4日の23:00、応接室に行く。』
 こんなメールが届いたのは5月3日のことだった。差出人は獄寺隼人。

 5月5日は僕の誕生日。
 恋人からこんなメールをもらったら、期待しない方がおかしい。
 日付が変わった瞬間に祝ってくれるんだ。手作りのケーキを持って来てくれるんだ。
 僕は当然そう考えた。
 なんで手作りだと思ったかって?バースデー・ケーキを買えば、ろうそくはサービスし
てもらえない?

 僕達はつきあいはじめたばかりで、どうにもぎこちない。
 朝の風紀検査の後に応接室でお茶したり、休み時間に応接室でお茶したり、放
課後に応接室でお茶したり、他にも空いた時間に応接室でお茶したり・・・・・とにかく
応接室でお茶するばかりで、単なる茶飲み友達みたいになっている。

「獄寺、僕とつきあわない?」
「ん。うん。」

 真っ赤な頬をしてうなづいた獄寺の顔を、僕は一生忘れないと思う。
 勘違いなんかじゃなくて僕達はちゃんと恋人同士なのに、お茶をしながらTV番組
や雑誌や時事問題に花を咲かせたりすることしかできない。話題が途切れてしまわな
いように、僕達は必死に頭を働かせてどうでもいいことを喋り続ける。
 それでも2人とも言葉が見つからず、息が詰まる時間が訪れてしまう度、僕は獄寺
が僕に飽きているんじゃないか、愛想を尽かしているんじゃないかと心配になる。
 そんな時にそっと獄寺の様子を伺うと、彼も僕の顔を見ていて目があってしまったり
するから、気があわないわけではないと思う。
 だけど、こんな関係が続いたら獄寺は疲れてしまうんじゃないかと焦る気持ちもある。

 このはじめてのイベントは、僕達の関係を変えてくれるかもしれない。僕はそんな期
待をしていた。 


 そして、5月4日22:50。
 深夜の応接室で、僕は獄寺を迎えるために、お茶の準備をしていた。だってケーキ
にはやっぱり紅茶じゃない?

「コンバンハ。」
 時間きっかりに訪れた獄寺は、予想に反して脇に雑誌を挟んでいるきりだったけれど、
僕は気にしなかった。不器用な彼が料理が苦手なのは知っているし、大事なのは気持
ちだってわかっている。
 ケーキ作りに失敗して、慌てて買いに行ったけれど時間も時間だからコンビニにも無くっ
て、仕方ないから雑誌を買って出て来たんだろうと推測する。
「座りなよ。」

 お茶請けのカステラを切っている時、獄寺は妙なことを言いだした。 
「ろうそくこれっぽっちかよ。沢山用意しろって言っただろ。」
「3つ以上は沢山だよ。」
 これは僕なりのジョーク。
 不要になったろうそくを見て、獄寺がへそを曲げたんだと思ったからだ。
「百物語ったら、100本要るに決まってんだろ。」
 獄寺はライターでろうそくに火をつけた。

「・・・百物語?」
(なんだ、そうか。)
 その時、僕は確かにがっかりしたけれど、同時にほっとしてもいた。勘違いしていた
ことは、まだ獄寺にばれていない。クールでシリアスな僕が、そんなことですねたりする
なんて知られたら、獄寺は僕に興味を失くすかもしれない。

「1月1日は正月、3月3日は雛の節句、7月7日は七夕、9月9日は重陽の節句って言
うだろ。陽の数字が重なる日は聖なる気が高まって、霊感も強くなるんだ。」
 獄寺の雑誌の文字が見えた。
『世界の謎と不思議 増刊 百物語その新解釈と実践』
 獄寺は溶けた蝋をテーブルに垂らし、ろうそくを立てた。
「学校とか病院とか、人が集まるところは霊も集まりやすいって言うし。」
「本格的だね。」

 僕も手伝ってろうそくを立て火を灯す。そして照明を落とすと獄寺は怪談をはじめた。

「・・・高速道路を走っていると、黒猫の親子が・・・。」
「・・・東棟の理科準備室の骨格標本は、実は本物の・・・。」

 暗闇にゆれるろうそくの火影、遠くから聞こえる犬の遠吠え。
 雰囲気はたっぷりだけれど、僕にはみじんも霊の気配なんて感じられなかった。途切
れないように喋り続けるのなんて、いつものお茶と変わらない。違うのはろうそくの火が
一 つずつ減っていくことだけだ。

「・・・お前が殺した男はこんな顔じゃなかったかと・・・。」
「・・・学校の敷地は、江戸時代の刑場の・・・。」

 僕は霊なんかよりも、ろうそくの火が全て消された後に訪れるに違いない、沈黙の方
が怖かった。
 一番良いのは、霊が出てきてくれることだ。
 二番目は、獄寺が僕の怪談がつまらなかったせいだと言い出して、反論する僕と口
論になることだ。

 だけど、獄寺が何も言い出さなかったらどうすればいいんだろう。
 獄寺は暗闇の中に僕を置いて行く気なのかもしれない。
 彼はもう、僕の相手をするが嫌になったのかもしれない。

「・・・古井戸から見つかったのは・・・」
 とうとう、獄寺が最後のろうそくの灯りの前で話しはじめた。僕は既に7回話し終え、
獄寺 は8回目になる。
 その頃、僕は後悔していた。僕が先に話し始めればよかった。ろうそくが15本あるとわ
かっていたのに。最後の最後に恐ろしい話をして脅かしてやれば、獄寺はぎゃーぎゃー騒
いでくれたかもしれない。

「・・・・オワリ。」
 獄寺は語り終えるとろうそくを消した。

 応接室は闇に包み込まれた。
 一瞬に満たない沈黙が空間を満たし、そして。
 
 僕の唇に、何かあたたかく柔らかいものが触れた。
 それはテーブル越しに顔を寄せた、獄寺の唇だった。

「・・・ワォ。」
「霊に憑かれたせいだからなっ。」

 

2010/05/07
 奥手すぎる2人。

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