「6月の花嫁」



 誰もが俺を不幸だって言うけれど。
 みんな、バカばっかだ。
 俺ほど幸せな奴はいないのに。



「十代目!お久しぶりです!」
「キミは・・・元気そうだね。」
「はい。十代目もお元気そうでなによりです。」

 十代目はお忙しい方なので、年に数回しかお目にかかれない。お目にかかれた
としても、すれ違いざまに一言二言、言葉を交わすほどしか一緒にはいられな
い。だけど、お元気なお姿を拝見できて、優しいお声を聞かせていただければ、
それで充分。

「じゃあ、またね。」
「はい。」

 通り過ぎられていく十代目に、俺は一礼し、頭上げてからも笑顔を崩さずに、
後姿をお見送りする。
 だって、いつも十代目は一度は振り返って俺を見るんだ。
 なんて、なんて、幸せなこと。



 俺は幸せだ。
 まずは、純粋なイタリア人でもない俺が、マフィアのボスである十代目と知り
あえ、お近づきになれたこと。
 次に、十代目が俺の命を救って下さったこと。俺は10代目を殺そうとしていた
のに。だから、その時からオレの命は十代目のものだ。この辺のことは長い話に
なるから、またいつか。
 そして、十代目との子どもを授かったこと。



 最愛の人、それも命の恩人と結ばれて、その人に子どもを与えることができて、
それがどうして不幸なんだ?


 え?若死にだから?謀殺されたから?
 そんなこと。
 俺の命の炎は十代目のもの。
 十代目が消して下さるのならば本望です。

 
 走馬灯がまわる。まわる。まわる。
 これは死の間際に一生を思い出すっていう日本的表現だ。俺の身体から流れ出
る血の半分を占める日本人の血が見せてくれる、懐かしくて愛しい幻。

 小さな頃から戦いの場だった、ピアノの鍵盤でできた螺旋階段を、少女時代の
俺が駆けあがってくる。足音が、鍵盤を叩く音が、近づいてくる。イタリアでピ
アニストとして認められた頃。フォルテ!あの人と出会った頃。ダブルフォルテ
!!隼人を授かった日。フォルテッシモ!!!



 正直に言えば、心残りがないこともない。
 正式な結婚じゃなかったから、ウェディングドレスを着る機会がなかった。

 いつだったか蚤の市で見つけ、思わず買ってしまったヴィンテージのドレス。
白いレースがロマンティックなガンネサックス。一度だけ着て鏡の前でまわっ
てみたきり、トランクにしまっいっぱなしだったっけ。ごめん、着てあげられ
なくて。

 夢だったな。ジューン・ブライド。


 

 


 隼人と隼人のママンが、外見だけではなく性格も似ていたとしたら。

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