ねこふんじゃった



「ツナ君。これ、リボーン君に。」

 そう言って京子がツナに渡したのは、ビーズ細工のキーホルダーだった。

「すごい!リボーンだ!」

 黒いハットのつばに、ちょこんと小さな緑のトカゲまでのっている。

「これ、京子ちゃんが作ったの?」

 そのままアニメイトで売り出せそうな完成度。いや、実際売れやしまいが。

「ううん、ハルちゃんだよ。ハルちゃんねえ、すいすい立体を作っちゃうの。私のはこれ。」

 京子の掌に光るのは2本のヘアピン。クリアとホワイトとシルバーのビーズを編み上げた可憐な蝶の
細工がついている。

「はい、花ちゃんにあげる。」

 京子の隣にいた黒川がびゃーと声を上げる。

「このかわゆいのを私につけろと!」
「うん。私には大人っぽすぎて使えないから。」

 確かにデザインは大人っぽいのだが、色がファンシー過ぎて黒川は手を出し渋る。

「私の髪にこの色だと目立ち過ぎ。黒だったら使えるけどさ。」
「黒じゃ作るのつまらないもん。はい、あげた。」

 京子はピンを黒川の手に押しつけた。

「あーもー。見てみな。似合わないから。」

 黒川はひょいとピンを髪にあてて見せた。

「きゃあ。似合わない。」
「きゃあじゃないよ。誰か似合う奴は・・・」

 ぐるっとあたりを見渡すと、ツナと一緒にリボーンのマスコットを見ていた獄寺の銀色の頭が黒川の
目に留まった。

「ちょっと、獄寺。頭貸して。」
「ん?なんだ?」

 獄寺の肩をおさえてしゃがませて、黒川は銀色の前髪をあげてピンでとめた。

「あら、想像以上にマッチする。獄寺がつけててよ。」
「うん。似合うね。獄寺君にあげる。」

 似合う似合わないというよりも、ビーズの色が獄寺の銀の髪色に似ているために、色合いのまばゆ
さが軽減されてデザインの繊細さだけが際立って見える。つまり、そのビーズ細工にとって、獄寺の
頭は最適な背景だった。

「え?何?何をつけたんだっ?」

 焦る獄寺の手がヘアピンを外そうとするのを、ツナの手が制止する。

「獄寺君、取っちゃだめ。」
「ハイ。」

 その場にいた誰の口からも可愛いという語が発音されなかったために、獄寺はあまりよく考えない
ままツナの言葉に従った。敬愛する10代目のお言葉である。

(もしかしたら、10代目も笹川妹の手作りの品が欲しいのかもしれない。そうだ。後で10代目に差し上
げよう。)

 そんな経緯で獄寺の頭に棲家をえた蝶はしかし、一時間もしないうちに飛び立ってしまった。授業中
の教室にフラリと入ってきた恐怖の風紀委員長、雲雀恭弥の手によって奪い去られたのだ。

「だめだよ、こんなのつけて。風紀に反する。」

 スルリと髪から抜き取られる感触の後、雲雀の手の上に白い蝶を見るまで、獄寺は自分がヘアピン
をつけていたことなど忘れて果てていた。

「じゃあ、後でね。」


 当然、その一部始終を見ていたツナと京子と黒川の3人は、授業が終わると獄寺のもとに集合し
た。

「悪かったね。風紀に睨まれた。」
「ごめんねー。」

 黒川と京子はピンを取られたことは口にせずに、雲雀に目をつけられる要因を与えてしまったことを
謝罪した。獄寺は2人を見直した。人の気持ちをおもんばかる社会性を身につけている。だが。

「あーあ、可愛かったのに。取られちゃったんだ。」

 ツナ一人、雲雀にピンを取られたことを悔しがっていた。獄寺に対する思いやりが欠けているのは明
白だが、それしきのことで獄寺のツナ崇拝は揺るがない。獄寺は自分なんかよりも10代目ご自身の
意思が尊重されるべきであるから当然なのと思っている。

「せっかく京子ちゃんが作ったのに。」
「申し訳ありません。」

 ゴツッ。獄寺は突っ伏した拍子に、机に額をぶつけた。

「後で必ず、雲雀から取り返してまいります!」

 ゴツッ。

「雲雀めざといのなー。」

 気づけば山本が、いつの間に撮ったのか、携帯の待ち受けにしたヘアピン獄寺画像を見せびらか
す。ツナと京子は、さっさとそれを赤外線通信で自分の携帯に取り込みはじめた。

 ゴツッ。

「もらっておいてなんだけど、あんまりよく撮れてないなあ。」
「髪の色と近すぎで、蝶が目立たないのな。」
「ピンの黒だけが目立っちゃってるよね。花ちゃんの髪色にあわせて作ったから。」

 ゴツッ。

 画像を品評しだした3人に黒川が冷めた視線を送る。

「何してるの、あんた達は?」

 一見、3人して獄寺を愛でているようだが、獄寺が額を机に打ちつけ続けているのは完全放置だ。ツ
ナと山本は、獄寺がツナに対しへりくだり過ぎたり、自虐に走ったりするのに馴染みきっていて、獄寺
が一人勝手に傷つこうが心を痛めようが気にならなくなっている。京子は単に生まれついての天然。

 惜しげもなく愛情を注ぎながら、存在自体は顧みない。それは支配欲の一形態なのか、それとも客
観に立脚した個性の尊重なのか、疑問を抱きつつ黒川は獄寺の肩を掴んだ。

「ほら、獄寺もう止めな。額が真っ赤だよ。京子も私も要らなくて獄寺に押しつけたんだから、風紀か
ら取り返そうなんて考えるんじゃないよ。」

 善意から出た言葉は、しかし結果的に裏目に出た。

「いや、今から取り返しに行ってくる!」

 ガラッ。獄寺は立ち上がるや教室を走り出て行った。

「あっ。」

 獄寺の肩に置かれていた黒川の手が宙を泳ぐ。

「やっちまったのな。」
「獄寺君、引き止めると突っぱねちゃうんだよねえ。」
「もう行っちゃったからしかたないよ。雲雀さんからピンを返してもらえたらさ、ちゃんと撮影会しよう。」

 獄寺の行動様式を熟知する3人はしかし、獄寺が雲雀にどんな目にあわされるかまでは案じない。

「今のおでこが真っ赤な獄寺君の写真いるー?」
「欲しいーのな!」
「オレにもくれる?京子ちゃん。」

 獄寺が怪我をして戻ってくれば、その様子を嬉々として撮影するのだろうかと思いながら、黒川は額
の赤くなった獄寺の画像を送って欲しいと京子に頼んだ。




 午後の音楽室。グランドピアノでエリック・サティ風にアレンジしたねこふんじゃったを演奏していた獄
寺は、突如空しくなって鍵盤の上に突っ伏した。ジャジャーン。

「だめだ。こんなことしてる場合じゃねえ。」

 校内を雲雀を探し歩いていて、最初はもちろん応接室、次は屋上に行ったがいなかった。その後は
しらみつぶしに一部屋一部屋覗いていたら、ピアノを見かけてうっかり遊んでしまっていたのだった。

「学校にいねえんじゃないかな、あいつ。」

 いっそ見つからなければいいと思って探しているから、うっかりねこふんじゃったに逃避してしまった
りする。

「あんなもん、どうでもいいんだよな。」

 取られたのは高価でも、特別に貴重な品でもない。雲雀から取り返すべき理由は、ただ10代目が惜
しまれているからというだけ。返して下さいと雲雀に頭を下げて、恐らくバトルになって咬み殺されてま
で、取り戻すだけの価値があるとは思えない。

(似たもの買ってきて、笹川が作ったのだって10代目に差し上げればよくないか?だめか。山本が写
真撮ってやがったからバレちまう。あの野郎、余計なことしやがって。)

 トーン。誰かが鍵盤を叩く。

(誰か?!)

 獄寺は跳ね起きた。

「ねえ、リクエストしていい?ねこふんじゃったを弾きながら校歌を歌ってよ。」

 聞き覚えのある声が突然無茶な要求をしてきた。振り返るまでもなかった。獄寺の真後ろから伸び
たトンファーの先が鍵盤を叩いた。

「雲雀!」

 トーン。トトーン。

 ネ・・・コ・フ・・・・ン・ジャ・ッ・・・タ。

 雲雀はトンファーでねこふんじゃったを弾いていた。

「っぷっ。へたっぴ。」

 吹きだした獄寺を雲雀のトンファーが襲った。

「ぐっ。」

 ジャジャーン。

 背後からの攻撃にひとたまりもなく鍵盤の上に倒れ伏した獄寺の背を、雲雀がトンファーでちょいち
ょいとつつく。

「ねこふんじゃったのリズムで並中校歌を歌ってくれたら、さっきの返してあげてもいいよ。」

「マジ?」

 獄寺は姿勢を正した。考えてみれば、ずっと探していた雲雀に巡りあえた上、条件付きではあるが
ヘアピンを返してくれると言うのだ。これはラッキー。
 しかも雲雀はよほど並中校歌ねこふんじゃったバージョンを聞きたかったのか、先ほどの打撃は幾
分手加減があったようで痛みが後に引いていない。

「よし。聞いてろよ。」

 トトーン。トーン。


 獄寺の演奏は素晴らしかった。しかし、歌唱はいまいちだった。そもそもさぼり常習犯の獄寺が朝礼
や行事で校歌を聞く機会は少ない。歌詞を3番まで覚えているはずがない。

「50点。」

 冷酷な雲雀の採点が下されても、獄寺の指は鍵盤から離れなかった。猫が毛糸にじゃれるように屈
託なく遊び踊る。

「ちぇっ。」

 メランコリックなジャズにアレンジしたねこふんじゃったの演奏を続ける獄寺の後ろで、雲雀はポケッ
トからピンを取り出した。

「50点満点中の50点。」

 雲雀の指に前髪をかきあげられ、獄寺はピクリと体を震わせた。

「動かないで。」
「え?返してくれんの?」
「約束だからね。」

 雲雀の手に力がこもる。トンファーでどついたり、つついたりしはしたが、獄寺に直に触るのは今日
初めてだった。ピンを取り上げた際には、ビーズの蝶の部分だけを摘まんでいたのだ。指で獄寺の銀
の髪を梳くなんて動作に至っては、生まれて初めての経験だ。

 雲雀は獄寺の地肌に触れないよう、注意深く髪に触れた。そしてゆっくりとピンをとめた。きっとこの
作業が終わったら獄寺は演奏を止めてしまうだろう。

「できたよ。」

 雲雀は指先の神経に意識を残したまま、獄寺の髪から手を離す。
 毛先の跳ねる銀糸の上に、小さな銀の2匹の蝶がキラリと光っていた。

(綺麗だ。)

「あー、よかった。」

 トトーン。

(ピンを替えておいて良かった。)

「これで10代目に差し上げられる。」

 トーン。

 ジャジャーン。

 獄寺は三度、鍵盤の上に倒れた。

「ぐっ。なっ、いきなりっ。」

 無抵抗の背を襲撃され、獄寺に反撃するすべは無かった。至近距離ではボムは使えない。トンファ
ーで背をめった打ちにされながら、両手で頭上のビーズ細工を覆う。

(なんでだ?!)

 たった今まで演奏を楽しんでいた雲雀の急変に、獄寺は混乱した。一度も後を振り返らなかったか
ら雲雀の顔を見はしなかったが、穏やかで柔らかな空気が確かにそこに存在していたのに。

 獄寺がピンをかばっていることに気づいて、雲雀は獄寺の手のひらを打った。

「うっ。」

 敏感な手先と頭部への攻撃に獄寺は呻きをあげたが、それでも両手をピンから離さなかった。

「君は本当に卑しくて醜くて愚かだ。そんな物で草食動物の歓心を買おうとするなんてね。沢田だって
君の厭らしさと穢さと鈍さを知っているから、心から君を信頼できないんだよ。」

 獄寺の遠のく意識に、歌うような雲雀の声が届いた。

 ジャジャーン。




 意識が戻った時、獄寺は天井を見上げていた。次に斜め上から見下ろす雲雀の顔が見えた。雲雀
の目元は黒い前髪に隠されていたけれど、まるで泣いているように苦しげに乱れた呼吸をしている。
不思議に思った獄寺は本当に泣いているのか確認したくなって、雲雀の前髪に手を伸ばしかけた。

「っ!」

 その瞬間、激痛に襲われ獄寺の手は床に落ちる。

「なっ、にっして!?」
 
 気づけば一糸まとわぬ状態で、両脚を雲雀の肩に担ぎあげられて、頭より高い位置に晒されたアヌ
スに雲雀のペニスを突き立てられていた。

「何って、」
「っぐっ」

 前髪の間から雲雀の目が見えた。別に濡れてはいなかった。

「わからない?」
「ああああっ」

 雲雀は乾いた目で笑って、荒い息をついた。

「僕をイラつかせた罰だ。」

 勢いよく抜き差しを繰り返す雲雀に、獄寺は木偶人形のように揺すぶられた。熱い吐息がかかるほ
ど雲雀は近くにいるのに、雲雀は一度も獄寺と視線をあわせなかった。

 雲雀に突き入れられる度にギリギリと痛みが走り、床から腰が浮きあがった体勢で、殴打されたば
かりの背に全体重がかかる苦痛もある。獄寺はろくな抵抗もせず、背にかかる体重を少しでも逸らす
ため、床についた両手に力を込めることしかできなかった。

「君なんて、厭らしくて穢くて大嫌いだ。」

 最終的に、雲雀は獄寺の腹の上に熱い粘液をまき散らしてから離れていった。
 ドアが開閉し施錠される音を聞き取ってから、獄寺は床に横たわったまま首だけを動かした。ピアノ
の蓋の上に制服がまとめられている。早く身につけなければと思いながらも、脱力して動けない。ふと
思いついて頭に触れると、ヘアピンはまだそこにあった。

(よかった。)

 雲雀が暴力的で行動が読めないのは、いつものこと、当たり前のことだ。女みたいにヘアピンなん
ってしていたのが、風紀委員長の気に障ったのだろう。拡げられ虐められた体は熱をもったように痛む
けれど、どこの骨も折れていないし外傷も無い。
 さっさと忘れてしまおう。はやくはやく10代目のいる教室に戻ろう。獄寺がそう自分に言い聞かせな
がらやっと上体を起こした時、雲雀が戻ってきた。

 雲雀は無言のまま、持ってきたタオルで獄寺の腹に放った自分のものを拭おうとした。

「自分でやる。」

 獄寺が出した手にタオルを渡し、雲雀はピアノの前に座った。

 トーン。トトーン。

 今度はトンファーでなく指で鍵盤を叩いているのに、雲雀のねこふんじゃったはやはり拙い。獄寺は
体を拭きながら思わずにやりと笑った。肉体的に痛めつけられた仕返しに、精神的外傷を押しつけるこ
とで一矢報いろうと考えた。

「ど下手くそだな!ピアノもアレも」

 汚れたタオルを床に叩きつけて言い放つ。

「どっちも痛ってえだけだ。」

 トトーン。

「獄寺隼人、君はどれだけ愚かなんだい?今の自分の立場をまったく理解していない。」

 トーン。
 
 雲雀の指が低音を響かせる。

「ここにおいで。上手にお手本を弾いてくれたら、そのピンを取りあげないであげる。」

 トトーン。

「弾いてくれなければ、また僕をイラつかせてくれた罰としてもう一度犯るし、ピンも取り上げる。」

 トーン。

 獄寺は復讐を早まったことを後悔した。ピンなんてどうでもいいが、一度経験した苦痛は二度と味わ
いたくない類のものだ。
 走れば雲雀に捕まる前に部屋から逃げ出られるだろう。しかし素っ裸のままではどこへも行けない。
ダイナマイトが入っている制服は雲雀の方が近い。選択肢はひとつだけだった。

 獄寺は立ち上がり、ふらふらとピアノまで歩いて行った。きっちり制服を着込んだ雲雀の前に全裸で
立つことに、床の上で感じた以上の羞恥を覚えた。

 トトーン。

 雲雀は獄寺が近づいても立ちあがらなかった。

「どけよ。」
「待ちなよ。」

 雲雀はジッパーを下ろしペニスを露出した。それは既に充血し天を仰いでいる。

「ここに座ったまま、ねこふんじゃったを弾いてもらう。」
「ぶっ」

 獄寺はへたへたと腰が砕け、ピアノに手をついて身体を支えた。

「ば・馬鹿か!?」
「うるさい。はやく座らなければ咬み殺すよ。」

 雲雀は獄寺の腕を掴んだ。

 獄寺は今度こそ二者択一を迫られた。座れば犯られる。座らずに逃げ出せば咬み殺された上で犯
られる。ど ちらにしろ犯られるなら、ピンを取り上げられない方がいいのか。このピンにはそんな重要
な選択を委ねるだけの価値があるのか。いやそれとも大した選択じゃないのか。

「・・・わかった。」

 獄寺の返事を聞くと、雲雀は獄寺を引き寄せて雲雀とピアノの間に立たせた。

「そのまま膝を折って。いいよ。そこだよ。そのままゆっくり腰を下ろして。そう。座って。」

「んあっ。」

 両手でウエストを掴んで微調整する雲雀のガイドに従い、獄寺は再びアヌスに雲雀のペニスを咥え
こまされた。その衝撃で思わず伸ばした手が鍵盤を叩く。

 ト・ト・トーン。

 体位のために床で貫かれた時より奥深くまで突き入れられているのに、馬鹿馬鹿しさのあまり頭の
どっかのネジが消し飛んだのか、正常に痛覚が働かない。ついさっき見てしまった雲雀の形状を内側
にまざまざに感じて、獄寺は無意識にアヌスを締めつけて喘いだ。

「っあ」
「ん。」

 雲雀の両腕が跳ねる獄寺の胴をホールドする。

「弾いてよ。」
「・・・あ、ああ。」

 座面が高くなったせいで、獄寺は腕を下に伸ばさなければならなかった。一度立ちあがって椅子の
高さを調節すれば演奏に最適な手の位置につけるだろうが、挿入までの過程を繰り返すのはごめん
だった。兎にも角にも、極限速くねこふんじゃったを弾いてこの馬鹿らしい状況から解放されたい。

 獄寺はアレンジする余裕もなく鍵盤を叩いた。

 ネコフンジャッタ・ネコフ・・・・・トトトト・トーン。

「続けなよ。」

 雲雀はゆるいテンポで腰を上下させながら獄寺の首筋に唇を寄せた。数時間前までは触れることさ
え難しかった銀色の毛先を、舌先で舐め遊び口に含む。

「ひ・卑怯。」

 トーン。

 雲雀は獄寺の首筋に息を吹きかけて笑った。

「卑怯?どこが?君、もしかしたら気持ちよくなってる?」
「あ、う」

 ネ・・コ・・フン・・ジャ・・・・・トーン。トーン。

 雲雀の手に両の乳首をつねられ、獄寺がのけ反る。

「どうしたの?続けてよ。」
「やああっ」

 トーン。

 それ以降、ねこは一度もふまれなかった。




 フン・フン・フン。

 雲雀はねこふんじゃったをハミングしながら、脱力した獄寺の身体を拭いてきれいにしてやってい
た。獄寺は、不覚にも雲雀に感じさせられた上に、一度も最後までねこふんじゃったを弾ききれな
かった屈辱に、悔し涙を滲ませている。

 雲雀は獄寺に制服を着せ椅子の背もたれに寄りかからせてから、指先で獄寺の涙を拭った。

「最終下校時刻になっても辛かったらメールして。家まで送ってあげる。」

 フン・フン・フン。

 扉を解錠して音楽室を出た雲雀を、廊下で待ち構えていたのは黒川だった。

「風紀!?探したわよ!」
「黒川花?僕に何の用?」
「ヘアピン返してよ。あれ獄寺のじゃなくて私のなんだ。」
「勝手にしたら。獄寺は楽しませてくれたから、没収は帳消しにしたよ。」

 フン・フン。

 歩み去る雲雀のハミングに黒川は耳を済ませた。獲物にありついた後の肉食獣が喉を鳴らす音だと
思った。

 雲雀の足音が消えてから黒川は音楽室の扉を開けた。雲雀からピンを取り返すと言って帰って来
ない獄寺を案じて、授業が終了してからずっと学校中を探し歩いていた。

「やっぱりここだったか。」

 グランドピアノの前の椅子に座る獄寺の背に呼びかける。風紀委員長に咬み殺されて酷い怪我をし
ていたら、山本なり沢田なり笹川兄なり近くにいる男手を呼び出すつもりで、ポケットの中の携帯を握
る。

「あ。黒川?」

 獄寺はゆっくりと振り返り、ぱしぱしと瞬きしながら黒川を見た。

「大丈夫なの?獄寺?」

 紅く染まった眼尻。憂いに潤む緑の瞳。気だるい動作。かすれた声。汗に湿り乱れた銀色の髪の上
で輝く2匹の蝶。

「だめだよ。あんた。」
「?」

 なじる黒川に、獄寺は眉を寄せ困惑の表情を浮かべた。

「ビーズなんか取り返すために風紀に抱かれたんならひくよ、私は。」
「え?あ?」

 獄寺は両手指を広げて頭に触り、蝶の細工を探しあてた。

「あれ?ある!よかった。」
「よかったじゃないよ、もう。帰る前にその頭なんとかするからね。」

 黒川は獄寺の髪からピンをはずし取った。そして、乱れた銀糸を手櫛で整えてやってから、前髪をか
き撫でて上げてピンをとめ直した。

「よし、きれいになった。写真撮らせてもらうわよ。」

 ビーズ細工をアップに数枚撮影し、写りがよい画像を選び早速沢田と山本と京子にメール送信する。
ピンが黒から銀色の ものに交換されていることに、3人のうちの誰が一番最初に気がつくだろう?返信
が待ち遠しかった。


 



2009/06/15

 

 痛々しい獄寺と禍々しい雲雀が書きたくて、暗くて怖いシリアスを目指したのに、エロなんて予定していなかったのに、

・・・・なぜかこんなことに。

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