並盛ローカル


 

 並盛町でエスプレッソの大盛りをオーダーできるのは、唯一人、リボーンのみ。
 獄寺隼人がその事実に気づいたのは、六道骸と逢引をするようになってからだった。


 終日賑わう並盛銀座のショッピング・モールとは線路を挟んで反対側、通称裏駅に並ぶ店は数軒の
み。漢方薬局と古書店の間の路地を進むと突き当りは一方通行路。その角を左に曲がってすぐ小さ
な喫茶店がある。2人はその隠れ家めいた店を待ちあわせに利用している。

 カーン。コローン。

 ドアに提げられた小さなベルが来客を告げて、獄寺は視線を入口に注いだ。
 ほの暗い店内に外光が差し込む。
 獄寺は目を細めて長身の青年を迎えた。

 六道骸は数歩で獄寺の前に至り、軽くしかし優美に会釈する。

「すみません。お待たせしてしまいましたね。」

 テーブルには、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーと吸殻が積もる灰皿が並ぶ。

「いや。暇だったし。」

 常時はクローム髑髏の肉体に間借りしている六道の精神が、幻覚で作りあげた肉体で自由に行動
できる時間は長くはない。その貴重な時間を自分のために割いてくれることが獄寺には嬉しい。だか
らできるだけ早くこの店に来て、待ち人を迎える側でありたいと努めているのだ。

「オレはもういいけど、どうする?」

 略された疑問文に、六道は上半身を深く折ることで応えた。

 スー。

 六道の唇がストローを咥え、飲みかけのグラスを空にしていく。

 スウッ。

 ついには微細な氷を吸い上げていくその一瞬、獄寺は六道の口の中に消える氷に感情移入して、
背筋を震わせた。つるん。溶けちまいそう。

「行きましょう。」



 線路沿いの道は端々の舗装が破れ、蒲公英の黄色い花、白い綿毛が風に揺れている。
 午後から落ちあい、並盛駅から黒曜の駅まで先になり後になり、ふらりゆらりと歩くのがコースにな
っている。

 六道にとって家族にも等しい3人のために費やされるべき時間を、自分が独り占めしていることに獄
寺は後ろめたさを感じていて、デートよりも暗い趣のある逢引の語をあてている。水の牢獄から渡り来
る客人を迎えるのだから、逢瀬と呼ぶ方がしっくりくるのかもしれない。

「お元気でしたか、ハヤト君。」
「ああ。元気だった。」

 お前はどうなのか、とは続けられない。
 マフィアな高校生とマフィア殺しの囚人では、互いの近況報告さえもままならなかった。

 だから、時折脇を走り抜けていく電車の音が、かえってありがたいのだ。

「先日はクロームがお世話になりました。」
「別に。」

 連絡は携帯メールで取りあっている。六道のメールを実際に打っているのはクロームなのだろうけれ
ど、受け取る獄寺にとっては六道からのメッセージで違和感がない。
 どんな事情によるのか解らないのだが、六道は自由に動ける日を予め知らせてきてくれて、獄寺が
それに都合をあわせられれば、約束を交わす。

 しかし折角の約束も、およそ3分の1の確率でキャンセルされてしまう。直前になってクロームからお
詫びのメールが入る度に、獄寺は不安な思いで六道の安否を尋ねるのだが、彼女は骸様には変わり
はございませんと応えるばかり。
 そして、数週間から数か月後には、何事も無かった様に六道から連絡が入る。

 前回、キャンセルした六道の代わりに喫茶店に現れたクロームは、漸くそのフォローをしてくれたの
だった。

「28日周期の3日間にあたると、引きずられてしまって、男性の機能の再現が難しくなるそうです。」

 彼女は見事なフォークさばきでミルクレープを切り分けながら告げた。
 獄寺は煙草を一本取り出してテーブルに落して拾って咥えたが、なかなか火を着けられなかった。

 その後、クロームの買い物の荷物持ちにつきあった。 



 ガターン。ゴトーン。
 鈍行停車が2人を追い抜いて行く。

「この間、スタバ行ったら、ちゃんとメニューにS・M・Lって書いてあったんだ。」
「はい。」

 獄寺が振る他愛ない話に、六道は律義に相の手を入れてくれる。

「だけど、店にいる間中ずっと見ていたんだけど、誰もM以外オーダーしねえの。」

「クフフ。」

 獄寺は六道の顔を覗いて反応を見る。六道は本気で可笑しそうだ。

「ハルがマックでバイトしてるんだけど、メガマック、全く売れないから並盛町内全域で販売中止になった
んだってさ。」

 チェーンで全国展開している店以外には、並盛町中を探してもサイズを示す指標が書かれたメニュー
は存在しない。あったとしても、並以外は売れないからいずれ消されてしまう。
 飲食店に限らず洋服屋や靴屋でも、S・M・Lのサイズ表記は見当たらない。必ず号表記なのだ。

 法的な規制があるわけはない。すべては並盛の住民の集合的無意識によるもの。
 そんな町でエスプレッソ大盛りをオーダーできるリボーンは、やはり只者ではない。

「蕎麦屋に行けば、並盛と中盛と竹盛とM盛って書いてあるし!」

「フフフ。」

 六道は目を細めている。
 彼が楽しんでいてくれれば、獄寺は嬉しい。

「日本に来てからずっと並盛だからわからなかったけど、黒曜に行くようになって初めて妙だって気づ
いた。」

 ゴートーン。ゴー。
 急行列車が走り過ぎた。



 ゆっくり歩いても、2時間もすれば黒曜の駅前に着いてしまう。そのまま通り過ぎて20分も行くと、
高速道路のインターの近くで、素敵なお城や船の形をした宿泊施設がぽこぽこと存在する。
 それだけ散歩をすればどんな季節でも汗をかくから、休憩する口実というかきっかけには事欠かな
かったりして。


「あった。フライド・ポテト大盛り。」

 何はさておきルーム・サービスのメニューを開く恋人の愛くるしさに打たれて、六道はきゅうきゅうと
胸を締めつけられつつ、インターフォンに手を伸ばした。

「他にも何か頼みましょうか。」

「後にする。腹が空いてた方がよけい感じる気がするから。」

 パタン。

 メニューを閉じた獄寺は、六道を見上げて笑った。

 きゅう。

 イメージを練り上げて組成して具現化して、ここに存在する六道にとって、この痛みは現実のものだ。

 きゅう。
 きゅう。
 きゅう。愛しさだけで息が止まるかもしれません。

「今度、並盛のラブホも行ってみよう。料金システム、並しかないかも。」





2009/05/11

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