「満天の星」




    ある夜、獄寺は森の中の泉のほとりに佇んでいた。小川が蛇行してできた小さな泉は周囲を木々に覆い隠され、地図にさえ記されていない。頭上の月はチェシャ猫の口のように細く、満天の星は水面にもさやかに瞬いている。

 「アイツ、アレ、聴いたかな?」

    つい先程まで、獄寺は自室で身体を休めながらもまんじりともできない夜を過ごしていた。ここ数日、リクエストを送り続けているFMナミモリの深夜番組『クラウド』を聴きながら。

「では本日最後の曲です。並盛にお住まいのラジオネーム、ユーエムエー?ん?ウーマって読むの?UMA大好きさんからのリクエスト、『並盛中学校校歌』。」

    前奏も終わらぬ間に飛び出して来た。はるか昔、十年も前に、あの局のあの時間帯に並中校歌が流れたらあの泉で逢おう。そんな約束を雲雀と交わしていたから。
   
『そんなこと言って、君は普段ラジオ聴かないのに?』

    昼間は風紀委員長と校則違反の常連として対立したり口論したりの二人に、星空がきれいだからなんて理由で一緒に歩いた夜や、灯りを落とした雲雀の部屋でラジオのボリュームを上げて衣擦れの音と漏れ出る声を隠した夜があったことを知る者はいない。

『それって僕が君に呼び出されるだけってことだよね。・・・もう。いいよ。行くよ。君が呼ぶなら。』

    あれから色々なことがあって離れ離れでいる夜ばかりを重ねたけれど、獄寺にとって雲雀は今でも特別な人間で大切なものを分かちあいたい人間だった。

    けれど、雲雀にとって獄寺がどんな存在なのかは判らない。

    先月、『僕が探していたのと違った。君向きのだから預けておく。』そんなメモと共に一見古びた、しかし稀少な匣が送られてきた際、礼の一言でもと思って財団の草壁を通してアポイントを取ろうとしたが叶わなかった。草壁が言うところによると、雲雀はとあるプロジェクトの調整にかかっており多忙を極めているらしいが、会わないための口実かもしれない。

    その時に雲雀に逢いたいという思いがつのり、ラジオを使う方法を思い出した。しかし、毎日リクエストを出したのに校歌が電波にのることはなく、十日で諦めてしまった。

「アイツは覚えてねーかもしんねえな。」

    獄寺は二本目になる煙草に火をつけた。こんなに穏やかな気持ちで一服するのはいつぶりだろうか。今夜逢えなかったとしても、一晩中満天の星の下で雲雀を待っていたという事実があればそれでもいい気がしていた。


    森を抜けた雲雀は紫煙をくゆらす獄寺の後姿を見つけて少なからず落胆した。雲雀より先に到着しているということは、獄寺は曲がかかってすぐにここへ向かったのだろう。番組の最後まで聴いてくれていれば、スポンサーの一つに財団のダミー会社の名があることに気づいただろうに。

    偶然二人がラジオを聴いている時に並中校歌がかかる、などという確率に支配されるつもりは雲雀にはさらさらなかった。もし無関係の他人から校歌のリクエストがあればブロックし、獄寺からリクエストがあればすぐに雲雀に連絡が入る手はずになっていた。
    雲雀が国外にいたり、どうしても時間を取れなかったりすれば、獄寺からのリクエストも黙殺せざるをえなかったけれど。

「まったく君って人は。」

    獄寺は雲雀の姿を認めると、屈託なく微笑んだ。巨大なボンゴレという組織のボスの片腕として、日々重責を担ってきた人間には見えないあどけない懐かしいその笑顔に、雲雀は幾度目になるかわからない獄寺への恋に落ちる。

「よう、久しぶり。」

「僕が何度『クラウド』で校歌を流してもらったか、君は知りもしないだろう。」

    獄寺は恨みがましい雲雀の態度にキョトンとしてから、また笑った。

「スマン。お前がオレに会うためにリク送るとか、考えもしなかった。」

「247回。この十年で。ちなみにラジオネームは並盛の小鳥ちゃん。」

「ぷっ。」

    獄寺は雲雀の告白をジョークだと思ったか、息も絶え絶えに笑いこけている。

「逢いたかったよっ」

    笑いをかき消す雲雀の勢いに獄寺は息を整える。

「オレも。」

    二人きりで向かいあって顔を見るだけで、嬉しく切ない。獄寺は最期に雲雀に託したい物があってここへ呼び出したのだ。
    
「雲雀、お前にオレの首をやる。オレの首を持ってミルフィオーレに寝返れ。」

    星の光のさやけさに忘れてしまいそうになる。本部が襲撃を受け陥落し、交渉の席で十代目が暗殺されたことを。次々と大事な人々が消されていくことを。

「・・・バカ言わないで。」

    雲雀はそう言うけれど、獄寺にはそれが今浮かぶ最良の案だった。本部の九代目も十代目も亡き今、獄寺が事実上ボンゴレのナンバーワンだ。風紀財団とボンゴレが一枚岩でないことは広く知れ渡っているから、雲雀なら即始末されることもないだろう。

「それから白蘭と刺し違えてくれ。」

    雲雀の胸に甘い歓喜が湧きあがる。これは心中の誘いだ。

「いいよ。もらってあげる。君のこの首は僕のものだね。」

    そう応じて、雲雀は両手を獄寺の首にかけた。獄寺は目を閉じる。最期の瞬間を雲雀の指の感触に包まれて迎えようと。

「この唇も。」

    唇に雲雀の息を感じた次の瞬間、獄寺は鳩尾に強い衝撃を受けて意識を遠のかせた。

    僕は知っているよ。君が抱えきれない程大きな物を守ろうと必死なことを。
    嬉しいよ。君があの世への道連れに僕を選んでくれて。
    だけど、君には大事な役目がある。君はあの匣をもうすぐ十年前からやってくる小さな君の元に届けてくれなくちゃいけない。

    雲雀は獄寺を横たえるとアジトへ戻るために立ち上がった。そして一度振り返る。

「いつか、何もかもが終わったら、またここで一緒に星を見よう。」








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 ラルが水浴びをしてたとこ。


2012/10/13
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