ロータス



 中高一貫制のミッションスクール、並盛睡蓮女学院では毎年4月末に、中一の新入生のために歓
迎レセプションを開催している。各部の活動内容を紹介するのが趣旨だが、体育会系と文科系のクラ
ブでは展示やペーパーを配布するばかりで、実際に白熱するのはステージ系と呼ばれる演劇関係の
部のみである。

 ステージ系には演劇部、英語部、音楽部、放送部、風紀部の5つがある。演劇部はよいとして、英
語部は英語劇、音楽部は音楽劇、放送部は放送劇、風紀部は朗読劇をその活動内容としている。と
はいえ、女子校なので、どの部も宝塚チックになってしまう傾向がある。
 
 今回のレセプションで、英語部は白雪姫の一幕を上演することを決め、姫役に中2の幽霊部員、獄
寺隼人を抜擢した。帰国子女らしい容貌の獄寺を表看板に掲げることで、英語部らしさを際立たせ、
新入部員を獲得しようというねらいだ。

「オレ、イタリア系なんすけど。」
「幽霊部員にセリフなんてやらんよ。寝てりゃいいんだから、諦めろ。道具係や衣装係より、よっぽど、
楽よ、楽。」

 演出担当の黒川花の言葉ももっともだと思い、獄寺は姫役を引き受けた。


 さて、はやくもレセプション期間の最終日、英語部の公演の幕が開けた。
 衣装のドレスを着て舞台上に横たわる獄寺には、何一つセリフは与えられていない。7人の小人ら
が、口ぐちに生前の姫の美しさを称え、その死を悲しげに悼んでから去って行く、というのがこの一幕
の内容である。王子の出番はない。女子校の悲しさ、男役不足のための苦肉の策だ。

(ああ、腕が痛え。)

 客席から顔が見えるようにと、舞台奥が高く傾斜した板の上に寝かされているので、下になった方
の腕に体重がかかっている。

(目ぇ、開けてえなあ。雲雀、来てっかな?これでさぼってるとは言わせねえ。)

 中3ながら風紀部部長をつとめる雲雀恭弥は、スカート丈が短すぎるの、靴下が指定のものでない
の、なんのかんのと獄寺を目の敵にし、獄寺が部活動をさぼることさえ言及する。

 各部の公演は開演時間がずらされているので、新入生以外にも他の部のメンバーが、敵上視察を
しあうのが常だ。獄寺自身、昨日行われた風紀部の公演を覗いてきた。

 舞台上に積み上げられた血染めのぬいぐるみの中で、制服姿で無表情の雲雀が聖書の黙示録を
朗読する様は、まるで脈絡のない悪夢から切り取られた一風景。部員の獲得など、はなから考えて
いやしないのだ。

 そして。

 雲雀は客席に獄寺の姿をみつけるやいなや、聖書を閉じて獄寺目がけて投げつけてきた。聖書は
分厚く重い。その角を頭にヒットさせて獄寺は痛みの声を上げたが、周囲の観客に叱責の声を浴びて
しまった。見れば舞台の上では、雲雀は黙示録の暗唱を続けている。獄寺以外の観客には演出の一
つと受け止められた。

(雲雀、ほんとオレのこと嫌いだよな。変なの。)

 一方、獄寺は雲雀を嫌いになりきれないでいた。
 それは、雲雀が獄寺を見る目に、獄寺を嫌い憎むというよりは、何か別種の、別カテゴリーの感情
がほの見えるからだった。

(あれは自己嫌悪ってやつだよなあ。どうして?)

 パチパチパチ。
 拍手の音が響く。雲雀のことを考えている間に、出番は終わってしまった。

 もういいかと思って薄目を開けると、4分の3ほど降りた緞帳と、

「わっ!」

 目前に迫る雲雀の顔が見えた。客席から駆けあがってきたものと思われる。

「ひ、め。」

 雲雀の唇が動く。
 
 緞帳が閉まる。
 
 唇と唇の皮膚がぶつかる。
 雲雀に体重をかけられた衝撃で、獄寺は斜めの板から滑り落ち、じかに舞台上に転がった。

 獄寺は雲雀の顔を見上げた。 
 なんか一言、あるんじゃないかという期待をこめて。

「・・・。」

 しかし、雲雀は無言のまま走り去って行った。

 幕が下りた後だから、客席からは見えなかったはず。
 小人役の7人をはじめ他の部員らは、客席出口に勧誘ペーパーを配りに行ってしまっている。
 唯一、緞帳を操作していた黒川だけが目撃者だった。

「王子、ヤリ逃げか?」

 そうは言っても、いきなり城に連れて行かれるよりは、いいんじゃなかろうか。



2009/04/27

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