着物 

 

 雲雀んちに行っても、着物じゃねえと入れてもらえねえ。
 近頃、並中ではそんな都市伝説でもちきりだ。

 それにしても、どーして雲雀んちのドレスコードなんてつまらないことで、大盛り
上がりすんのかわかんねえ。

「それは僕も同感だね。」

 学ランフェチの雲雀が、着物フェチでもあるっていうのが、オモシロイんじゃねえ?

「変な言い方しないでよ。外は機動性に優れた学ラン、家では着物でくつろぐ。
これは僕のTPO。十年後の僕が他人に着物を着せたがった、意味がわからな
い。」 

 『着物じゃないと入れてもらえない』を、『着物なら入れてもらえる』って勘違い
した女の子達が、用も無いのに雲雀家の門の前でうろうろしだした。雲雀んちが江
戸時代の武家屋敷みたいなアナクロな日本建築なもんだから、その辺りだけ突如
日光江戸村状態。女の子向けに団子やら甘味の屋台が出たり、噂を聞きつけた
見物人が来たりで賑わってる。昨日はローカルTVの並盛TVの取材が来てた。

「実際、迷惑してるんだ。いちいち群れを咬み殺さないと自分の家に帰れないなんて、
不幸だと思わない?」

 思わねえよ。
 昨日、十代目と野球バカと3人で見物しに行った時、お前嬉々としてオレ達に向
かって咬みついて来たし。

「君が風紀を乱すようなまねをしてたからじゃない。」

 風紀を乱す?串団子食いながら、TVカメラに向かってピースってしてただけだろうが。

「あれは確かにやばかったのな。」
「獄寺君、みたらしのタレだけを先に舐めちゃうんだもん。」

 十代目を庇おうと動いたら、ちょうど十代目と野球バカの手がオレの手にぶつかって、
団子を払い落とした。それを見た雲雀は何か知らねえけど、攻撃の矛先をTVカメラに
変えたから、オレらは逃げて帰ってきちまった。

「雲雀さん、まさかあの映像って・・・。」
「流れてない。メモリはその場で消去した。」
「生放送じゃなくて不幸中の幸いだったのな。」

 あれ?何の話をされてるんですか?十代目。

「気にしないで。ただお願いだから、物を食べながらカメラの前に出ないでくれるかな。」
「は、はい。」

 確かに行儀が悪い。ボンゴレのボスの右腕としてあるまじきことだと、十代目は諭さ
れておられるのだ。

「オレは今後一切、食事中の姿を人前にさらしませんっ!」
「行き過ぎだよー!」
「カメラに写らなけりゃいいのな。」
「エロい食べ方をしなければいいんだよ。」

 エ、エ、エロい!?

「あ、雲雀さん言っちゃった。避けてたのに。」
「棒状の飲食物を口にする際に、口淫を思わせるような舌使いをすることは、」
「並中の校則に禁止とは書かれてないけどな。」

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「獄寺君、しっかりして。」

 ソファでぐったりしていたオレの肩を、十代目が揺する。

「ははははい。」

 息を吹き返したオレは、ぶるっと頭を振るった。
 ここは応接室。校内放送で呼び出されたのだ。気づけば、十代目と山本の他に笹川
兄妹の姿もある。

「これで全て揃いました。」

 草壁が告げた。10年後の世界に行ったメンバーのうち、並中生が勢揃いってことだ。
 オレも薄々感じてはいた。オレらのうちの誰かが、ポロっとこぼしてしまったのが、噂の
おおもとじゃないかって。

「ねえ。誰なの。あの噂の発生源は?」

 これまで見たことがないほど人口密度が高いのに、応接室ん中はしーんと静まりかえ
った。十代目はピキーンと固まり、野球バカと芝生の筋肉が硬直する。そういうオレはソ
ファで小さくなった。笹川の妹だけはいつも通りのぽわぽわ笑顔。
 一体、犯人は誰だ?
 芝生は和服の大人雲雀より後に十年後に来たから除外してもいいかもしれないが、
妹から話を聞いているかも。草壁だって未来に行ってはいないが、ユニから未来の記憶
を貰ってたら可能性は0ではない。

「個人的な趣味や主義を他人におしつける狭量な人間だなんて誤解されるのは、不本
意だよ。」

 普段なら十代目のツッコミが入るところ。「えー!自覚ないんだー?!」って。だけど
十代目はまだ固まったままだったので、オレは思わず声に出しちまった。

「誤解じゃねーだろ。」

 雲雀はつかつか歩いてきて、オレの肩に置かれたままだった十代目の手を叩き落とし、
オレの肩を掴んだ。

「いい態度だね。責任は君にとってもらうよ。」

 そうしてオレは責任を取らされることになった。

「うわっ、何すんだっ!脱がせんな!」 
 
 草壁が持ってきた着物を着せられ、簪じゃらりの日本髪のヅラをかぶせられて、あっ
という間に江戸時代のお姫様のできあがり。だけど、少し丈が短いし、何故だか足袋
がない。草壁がこそっと言うには、もともと笹川妹に着せるために用意したせいだ。

 草壁にせっつかれて校庭に出ると、場違いに豪華な塗りの駕籠があって、十代目と
野球バカと芝生と笹川妹が駕籠担ぎの格好で待っていた。予定通り、笹川妹を姫に
すりゃあ良かったのにと言おうとしたが、雲雀の姿は見えなかった。

「嬉しいな。一度、駕籠って担いでみたかったの!」
「えっ!そうなのー!?」

 野球バカと芝生に駕籠の中に押し込められると、駕籠はガックンガクンと動きだした。
 担ぎ手は初心者だし、笹川妹が気張ったところで力が無いしで、駕籠の中はグラグラ
して斜めってて、正直乗り心地は悪い。しかし、恐れ多くも十代目に(オレの体重+駕
籠の重さ)÷4+αを担がせていると思えば、頭を天井にぶつけようとも声は出せない。

 だけどなんだこれは?どんな罰ゲームだ?

 ガックン。
 いきなり駕籠を落っことされたショックで、オレは座ったまんまうつ伏せにぶっ倒れた。
ヅラが外れてジャリンと簪が散る。やっぱりこの役は、笹川妹や十代目じゃなくって、
オレで正解だったかもしれない。山本や芝生じゃ重過ぎる。

「着いたよー、獄寺君。」
「極限に雲雀の家の前だ。」
「出てこいよ、獄寺。」
「隼人姫、ご到着!」
 笹川妹、調子に乗りやがって。

 窓にかかっった簾から透かして見れば、雲雀んちの前は今日も観光地並みに人だか
りだ。それがみんな、駕籠から何が降りてくるのか、ケータイ片手に興味津々待ち構え
ている。
 ゲッ。衆人環視ん中に、こんなカッコで出て行かなけりゃなんねえのかよ!
 バシャ。バシャ。
 すでにカメラのシャッター音が鳴っている。今日もTV局の中継車らしきものも見えて、
オレの全身は硬直した。先ほどの雲雀の言葉が頭ん中に響く。ボージョーノインショクブツ
・・・・・・・・・#’UIOPKJKL’&#$%&’

「もー、獄寺くーん。降りてきてよー。」
「雲雀が中で茶点ててくれるってよ。」
「タコヘッド、出てこい!ゴールはそこだ!」
「駕籠出たらすぐに門だよ。獄寺君。」

 えい!クソ!
 いつまでも十代目をお待たせするわけには行かない。
 オレは自分の身なりを確認した。カツラはとれてしまったが、着崩れはない。今、何
にも食ってない。エロいはずがない。ボンゴレのボスの右腕としてふさわしくない女装では
ない。と信じることにして、意を決して簾に手をかけた。



『はあい!地域密着型ニュース番組、並盛ニュース・レポーターのハルです。今日は
並盛の風紀委員長、雲雀恭弥さんのお宅の前から生放送でお届けしています。
 先日からお伝えしてきましたように、雲雀邸の門前はお祭りみたいな大混雑です。
やっぱり、着物姿の女性が多いですね。ここだけの話、警察も緊急で交通整理にあた
っているせいで、咬みつきづらいみたいですよ。
 あっ、いよいよ、駕籠の中から何かが出てきましたっ。』

 そろ。
 簾の内側から白い指先がのぞくや、左右に待ち構えていた山本と了平がざっと簾を
巻き上げた。
 しかし、中の人物は体を屈めたまま下を向いていて顔が見えない。

「獄寺君、草履ココ。」

 ツナが獄寺の足元に草履を揃える。

「す、すみません。」

 真っ白い足の指が片々ずつ鼻緒に通される。
 ふわっ。
 幾枚の絹布の重みを感じさせない動きで立ち上がる。

『なんと、駕籠から出てきたのはお姫様でした!江戸時代の銀髪のお姫様です!
こっち向いて下さーい!お願いします、お姫様!あ、ありがとうございます。目つきが
凄ーく悪くて、性格キッツそうですけど、キレイなお姫様ですね!あ、門に向かって
歩いて行きますよ!』

 1歩。2歩。3歩。4歩。5歩。

 銀髪の姫が足早に通り抜けると、門扉が閉ざされた。

『ご覧いただけましたでしょうか?!たった今、雲雀邸にお姫様が入って行きました。
どうやら、雲雀邸に入れるのは、着物は着物でも、あんなお化けみたいな美人さん
だけみたいですね!』



 パチパチ。
 門の中、十代目と野球バカと笹川兄妹がオレに向かって、小さく拍手をくれた。
「お疲れさま。」
「十代目ぇ。恥ずかしいッス。TVに女装が映っちまいました。」
「大丈夫だよ。ハルもキレイだって言ってたし。」

 笹川家は雲雀邸の隣家で、昔から行き来があるという。勝手知ったる笹川兄妹に
ついて、オレは雲雀んちの中というか外、古閑な趣のある日本庭園をしおしおと歩いた。
もうTVカメラはないけれど、十代目に見苦しい姿をさらしたままなのがいたたまれない。
恥ずかしい。

 十代目と野球バカの話によれば、どうやらオレは無事に役目を果たすことができたら
しい。化け物みたいな着物姿でなけりゃ雲雀邸に入れないという噂がたてば、騒ぎも
終息するだろうと。

 噂の出所となった犯人は謎のまま、問題は解決した。オレの犠牲のもとに。

「このところ、雲雀はウチから入って庭を抜けて自分の家に出入りしていたのだ。」
「お茶室の向こうに見える生垣、あの隙間をくぐり抜けたらウチなんだよ。」
 
 庭園の片隅、木陰に隠れるようにして小さな庵が見えた。そこで雲雀が待っている
という。
 駕籠担ぎ役の四人は脚絆で、普段の靴よりよっぽど歩きやすいらしいが、オレは素
足に草履で、固い鼻緒のせいで親指と人差し指の間の皮がベロンと剥けてしまった。

「すみません、十代目。一番乗りさせてもらいます。」

 にじり口から茶室に入っていくと、炉の前に黒い着流しの雲雀が正座していた。

「片付いたみたいだぜ。外の騒ぎ。」

 雲雀がオレを見た。柄杓を片手に持ったまま静止している。

 オレは足指に負担をかけないよう、正座した格好で両手を前について、少しずつ体を
前にずらして移動した。見れば、次に入ってきた笹川妹も同じ動作をしている。無意識
だったが、作法にかなっていたようだ。

 十代目、野球バカ、最後に芝生が入れば、狭い茶室の中に計6人。群れている
なんてものじゃないのに、雲雀は茶事に集中しているためか微動だにしない。

「この茶室も狭くなったものだな。」
「違うよ、お兄ちゃん。わたし達が大きくなったんだよ。」

 静かすぎる雲雀の手から柄杓が落ちた。

「あっ。」

 ボワワッ。
 柄杓から零れた湯が炉の中の炭にかかったせいで、煤と蒸気の煙幕があがった。

 幸い、雲雀に火傷はなかったが、濡れた。汚れた。着替える。と言って出て行って
しまった。

 笹川妹はてきぱきと動いて、水屋からタオルを持ってくると畳を拭く。
 その間に、芝生がポットを運んできて、直接湯を茶碗に注ぎ、慣れた手つきで茶筅を
持つと茶を点てた。
 山本が懐紙とかいう紙の上に、茶菓子と楊枝をのせてオレの前に置く。
 気づいた時には、十代目がオレの前に茶碗をすすめて下さっていた。

「作法なんか気にしないで飲みなよ。」

 そう言って十代目は、少し茶碗をまわしてから口をつけた。

「前に、母さんの稽古につきあわされたことがあって。」

 十代目に倣って、茶碗をまわしてから口にすると真緑の茶はその色に反してほんのり
甘かった。

「わたし、わかっちゃった。」
「オレも極限にわかったぞ。」
「オレもなのな。」
「オレも。」

 何のお話しですか、十代目?噂の発生源の犯人のことですか?

 四人は首を横に振ってから、顔を見合わせて声を出さずに笑いあっている。オレには
何のことだかさっぱりわからない。

 教えて下さい。

「フェアじゃない気がするから、ダメ。」







 おしまい。

 

 

 

2010/11/05

 自分満足的ポイント

 その1.獄一人称

 その2.銀髪に銀睫毛で着物

 その3.雲雀と笹川兄妹は幼馴染

 その4.委員長が着物

 その5.了平が茶筅を持ってる

 その6.日本人の中に外人が一人

 その7.謎解きに見せかけて謎解きじゃなくて、でも謎解き

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