君は知らない

 

 

 獄寺はとある任務中に重傷を負った。
 共に任務に出た雲雀は、獄寺よりも軽傷で済んだと後から聞いた。

 ボンゴレの医療チームによる最先端の技術をもってしても、本来の機能は回復しなかった。
 必死のリハビリにより日常生活には多少の不便を残すのみとなったが、ドン・ボンゴレの右腕の座
は、自らの意思で降りた。獄寺25の歳である。
 戦いの前線に出ることもかなわなくなった身であるから、ファミリー自体からも切り捨てて頂きたいと
申し出たが、そちらは聞き入れてもらえなかった。

「ボンゴレの重要機密事項を幾つも知っている君を、生きたまま逃がせるはずがない。それに、君に
はまだボンゴレでやるべきことがあるはずだ。」

 ツナはそう言って、獄寺の身分を対外的には門外顧問チーム預かりとし、実際には雲雀の監視下に
おいた。



「ひばりー、ヒバード、1羽足んねーぞ。」

 庭先でパン屑を持って伸ばした獄寺の腕に、黄色い小鳥が並んで止まる。

「そう言えば、昨夜からヒバードが1羽、巣箱で卵たあたためはじめた。」

 縁側に座る雲雀は、膝の上のキジトラの猫の顎の下を撫でている。

「へえー。また家族増えるんだな、お前ら。」

 並盛郊外に在する雲雀財団本部の奥、雲雀の私邸の庭園はこの季節、白と紫の藤の花が咲きこ
ぼれ、鶯をはじめとする小鳥たちがさえずり遊ぶ。

「見たいなあ。卵、抱いてるとこ。」

「母鳥は緊張状態にあるから、刺激しないように。」

「わ~かってるよ。」

 獄寺の腕から一斉にヒバードが飛び立った。獄寺は縁側に向かった。

「アシモト、キヲツケロ」

「イシ イシ シロイイシ」

 黄色い小鳥は獄寺の頭上で遊びまわる。

「先ほど沢田が来て、君にというメモとともに、これを置いていった。」

 ポンポンと、雲雀が指で床板を叩く隣に座った獄寺に、雲雀は一つの匣を手渡した。

 ボンゴレの10代目を継承したツナは、常時イタリアのボンゴレ本部にいるはずになってはいたが、始
終、並盛に現われては羽を伸ばしている。
 その間は、バジルがクロームによって霧の波動を纏わされて、影武者を務めさせられているという。
これは最新重要機密事項その1。

「なんだこの模様?」

 獄寺は匣の周囲を、指先で撫でまわした。

「ハートだ。珍しいな。」

 ほぼ全ての種類の匣を開くことができる獄寺は、今では匣兵器の鑑定めいたことも任されている。

「ベースはパール・ピンク。ハートの意匠がショッピング・ピンク。あまり類を見ないほど、趣味の悪いデ
ザインだ。」

 雲雀はボンゴレの印の入った取扱説明書を開いた。

「ニョォン。」

 その時、雲雀の膝から降りた猫が、匣にむかってネコパンチを繰り出した。
 コロン、獄寺の手から匣が床に落ちる。

「コラッ、ウリ!」

 じゃれる猫に転がされ匣はゴンゴンと音をたてながら、縁側の端から落ちた。

「ニョンッ。」

 続いて猫も地面に飛び降りる。


 今の獄寺にとって、地面に落ちた匣を探しだすのは至難の業だ。

「バカ猫!!10代目からの大切な預かりものを!」

 膝を立てる獄寺に対し、取説を読む雲雀は落ち着いている。

「ラブ・ボックス。2人が炎を同時に注入することで、熱い2人の相性を診断いたします。ボンゴレ技術
開発部謹製。試作品version1。」

 雲雀は取説をぐしゃっと丸めて、屑籠へ放った。


「・・・なんだそれ。」

 獄寺はペタンと座り直した。

(10代目、絶対、オレで遊んでる。雲雀はそんなんじゃねーのに。オレが勝手に雲雀を好きなだけで。)

 その想いを伝えることはできない。雲雀に助けられるばかりの生活の中で、雲雀が案外優しいことを
知ってしまった。
 雲雀は憐みの気持ちから、獄寺の想いを受け入れてしまうかもしれない。 それでは、2人してあま
りに悲惨だ。



「フン。ボンゴレはつまらない物を創るね。」

 雲雀は鼻で嗤った。

 取説は読み終えている。 
 ボンゴレの技術開発部門きっての甘党が、お遊びで作ったシロモノだった。
 2人で炎を注入した後に、相性の良し悪しに相応して、ハート型の綿菓子が出てくる仕組み。相性が
良いほど、大きな綿菓子を食べられる。


(僕と隼人でやっても、きっと小さいのしかできないな。)

 雲雀には秘密があった。

 (僕のことを知ったら、隼人は今ほど僕を頼りにしてはくれないだろう。)

 雲雀の邪魔になることを恐れて、獄寺は誰か別の者の保護下へ入ることを望むかもしれない。




「ニョォン。」

 その時、ジャンプして瓜が縁側に戻ってきた。

 その姿を、獄寺は見ることができないのだ。

「あ。」

 コロン。瓜は口にくわえた匣を、獄寺の膝の上に落とした。

「スゲー!瓜、拾って帰ってきた。」

「ニョオー!ニョオー!ニョー、ニョオオン!
(やれ!試せ!おもろい箱で、綿菓子出せー!)」

 さすがは匣兵器というべきか、瓜は本能的に、ピンクの匣の機能を理解していた。

「ニョ、オ、オン!」


 獄寺の言葉も瓜の鳴き声も、雲雀は聞くことはできない。

 任務中の負傷で後遺症を抱えているのは、獄寺だけではなかった。雲雀の障害は獄寺ほど重篤で
はな いため、雲の守護者としてのつとめを降りてはいないが。
 そして、雲雀に障害があることは機密事項の一つではあるが、獄寺の障害同様、守護者や昔から
の馴染みには知れ渡っている。

 それを、沢田綱吉に獄寺の監視監督を依頼された際に交換条件として、獄寺だけには秘密にする
よう言い渡したのだ。

 獄寺が得る情報を先読みし、唇の動きを読んで、大方の話の流れを掴んでいるだけだ。
 突発的な事柄が起きれば、自然に会話を繋ぐのは難しくなる。


(あ。今、隼人の唇、読みそこねた。)

 しかも、雲雀は瓜が匣をくわえて戻ったところから見落としていた。


「コレがどうかした?」

 獄寺は膝の上の匣に触れた。


「匣、いつの間に?」

 同時に、雲雀も獄寺の膝の上の匣に手を伸ばした。










 ずっと、一緒にいたい。
 そばにいられるだけでいいから。










「ワタガシ、アマイナ」

「オオキイナ」

「ニョオオン!」










 その夜、2人は綿菓子の上で眠った。










end.






2009/04/20





 数年後には、甘党の技術者達は超高性能のコンタクトレンズや補聴器を開発してくれるでしょう。
 獄寺は、雲雀は元からエキセントリックな奴だと思っているので、現時点では本気で雲雀の障害に
気づいていません。 
 獄寺が知った時2人の間に、はじめて危機が訪れることでしょう。 

 バリネズミはなんて鳴くのかわからないので、登場させにくいですね。


 新戸さんからのお願い。教えて下さい。 すみませんが、拍手かメールフォームをお使い下さい。

 1.獄寺の障害に どの部分で気づきましたか。
 2.雲雀の障害に どの部分で気づきましたか。

 23:00   一部削除して難しくしてみました。    04/21 一部並びかえました。

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