ホットケーキが焼けるまで



 近頃イタリア本部のドン・ボンゴレの執務室に簡易キッチンが併設され、しばしば軽食を用意する右
腕兼嵐の守護者の姿が見られるようになった。多忙なボスに請われれば仕方がない。

 午後8時。
 炊飯器をセットし忘れていたことに気づいた獄寺は、ホットケーキを焼いて間にあわせることした。

 (ちっ。沢田はライスさえあれば文句を言わないが、今日は我慢していただこう。でなけりゃ、厨房の
料理人に言って、イタリアンでもフレンチでも、フルコースを並べさせればいいんだ。)

 材料を揃えて手早く粉を混ぜる。食事用だから砂糖は入れない。できたタネを一番上等なフライパン
に流し込み、耐熱ガラスの蓋をして火加減を調節する。
 スプラウトのミックスにスライスした胡瓜とミニトマトを並べ、ちりめんじゃこを散らす。サバの味噌煮
の缶詰を皿にあけ、おろし大根をたっぷり添える。以上。
 後はホットケーキの焼き上がりを待つばかり。
 獄寺は缶ビールを開けた。
 フライパンから粉が焼ける香りが甘く漂いはじめている。

 獄寺はビールで口を湿しながら、体感で10年前、並盛の地下アジトで人気のおやつだった、ホットケ
ーキのレシピを授けてくれた少女達を思い出した。彼女らの名言なくしては、獄寺がキッチンに立つこ
となどありえなかった。いわく、『料理で失敗しないコツは、調理できるものしか料理しないこと』

 あれから、獄寺は幾度となくホットケーキを焼いた。

『ちゃんと奥に火が通るまで、ひっくり返してはいけません。』

 獄寺は記憶の中の少女達に、心を込めて感謝の言葉を贈る。

(なかなかいい言葉じゃないか。)

 マフィアに母親を殺され、誰よりマフィアを憎み、マフィアに支配される社会を覆してやりたいと思って
いるけれど、マフィアのやりかたしか知らない獄寺が選んだ道は、ひたすらに牙を隠し爪を隠し、マフィ
アの長たるボンゴレに仕えることだった。
 今こそボンゴレのドンの右腕として従順な犬の顔をしているけれど、ボンゴレが全てのマフィアを潰
すだけの戦力を持ち得た暁には、何もかもひっくり返してやるのだ。



「いい匂いがしてる。」

 執務室のドアから、沢田がふらりと歩いてくる。

「もう少しお待ち下さい。」

 沢田は5年前に渡伊して以来、修行僧のようにひたすらにドン・ボンゴレとしての仕事に打ち込んで
いる。独身で本部の一室を住居にしているから、寝食を忘れてという形容も言葉通り。

「うん。」

 獄寺は沢田の目の下に青いクマを見つけた。

(メシ食わせたら寝かせちまおう。明日は他ファミリーとの会合がある。バテた顔で出席させた らボ
ンゴレの威信にかかわるからな。ワーカホリックは構わねえけど、マフィアの頂点、ボンゴレの権力
の全てを掌握する今になって、過労で突然死でもされたら洒落にならねえ。)

 沢田の手がサラダの胡瓜をつまむ。

「明日、京子ちゃんとハルの命日だ。」

 シャリ。

 笹川はもちろん、山本、ランボ、クロームら守護者をはじめ、ボンゴレ内の2人を知る者らは法事や墓
参りこぞって日本へ帰っている。

「あれから5年も経ったんですね。」

 当時、沢田は2人のいずれかと交際していると噂されていた。
 2人の死の直後に日本を離れ、長らく拒否の姿勢を示していたボンゴレの10代目を継承した。沢田
はそれから一度も日本の土を踏んでいない。未だに悪夢の日々からの逃避行のさなかにいる。

 シャリシャリ。

 沢田の指が獄寺の指に触れ、汗を流す缶を掠め取る。

 獄寺は言葉無く、ビールを傾けた沢田の喉仏が動く様を眺めた。10年前は片手でひねれそうなほど
か細かった首が、若木が年を重ねるように逞しくなった。


 獄寺はよく火が通ったことを確認してから、両手にフライを持つ。獄寺はホットケーキをひっくり返す、
この瞬間が好きだ。見えていた面が覆り、隠されていた面が現れる。
 裏側は焼き色をつける程度でいい。火を落とし、そのままフライパンの上で十字にナイフを入れる。4
分の1を2枚、皿に重ね、キッチン内に設置された小テーブルへと運ぶ。

 サラダ皿の脇に置いて勧めれば、沢田は日本語でいただきますと言ってから箸をとった。
 獄寺自身は新たに開けたビールを手に、折り畳み椅子を開き沢田の向いに腰掛ける。

「未来って本当に変わるもんだね。リボーンはピンピンしてる。」

 箸を動かす沢田は、世間話でもしているように平静な顔だ。日本へ帰って2人の墓参りができるよう
になるのも、そう遠い日ではないかもしれないと獄寺は思う。

 先週から、リボーンはビアンキと共に日本に渡っている。今頃墓前に花を供えているだろうか。知る
限りのアルコバレーノは健在で、ミルフィオーレは存在せず、その母体となる2つのファミリーには妙な
動きはない。山本の父親は2年前に悪性腫瘍で亡くなった。並盛の地下アジトは建設中だが、記憶に
あるよりも小規模だ。

「不思議だよな。オレ、大人になった京子ちゃんとハルの姿を覚えているのに。」

 未来は今も変化し続けている。



 5年前、並盛町周辺で学生を中心に合成ドラッグが急激に拡がりだした。その出所がある新興マフィ
アであることを突き止め、殲滅戦に討って出た隙をつくようにして、少女達の姿が消えた。そのファミリ
ーのことごとくを戦闘で絶命させ、一部を捕らえ拷問をくわえたが、少女達の行方に関する情報を得る
ことはかなわなかった。
 必死の捜索の結果、殲滅戦の夜から3日の後、1組の遺体が見つかった。1人でも1体でもなく、1組。

 少女の細い首は白い包帯で隠されていた。
 2人はほとんど同じ体格で、しかも揃いで作った黒いスーツを着ていたのに、沢田は一瞥で頭部と
胴体が別人のものだと指摘した。

 数キロ離れた廃倉庫からもう1組の遺体が見つかるまでの3日間、沢田が一睡もしなかったことを獄
寺は知っている。

「死因は薬殺。切断は死後。」

 イタリアに来てからも、ブツブツと念仏のように呟き続ける沢田が自殺しないか、周囲は冷や冷やし
て見ていたものだった。沢田から片時も離れずに、慰めあやしてやった獄寺がいなければ、沢田は精
神の平衡を取り戻すことができなかっただろう。今では、底知れない痛みが重心になったかのように、
ずしりと安定して落ち着いている。



「ごちそうさま。獄寺君、この後少しつきあってもらえる?」

(治療の末の後遺症が甘え癖ならかわいいもの。)

 ボスからの誘いに、犬の顔をした獄寺には断るという選択肢はない。
 京子とハルが亡くなって数か月して、薬物自殺に失敗してラリッた沢田に犯られてしまった。その頃、
食事ものどを通らずにガリガリに痩せていた沢田に、そんな体力があるとは知らず油断していたため
に酷い目にあわされた。相手が長年丹精して育成中のボンゴレでさえなければ、即刻果たしてやると
ころだった。それ以降、お手つきにしたつもりでいる沢田に、週に1度は夜伽を命じられる。
 初めは泣き真似して拒んだり、プロの女を呼んであてがったりしたが失敗に終わった。獄寺の頬を
伝う涙を見た沢田は興奮してしまって逆効果だった。娼婦の方は、女の裸は首無しの遺体を思い出
すからいやだとのたまった。しかたなく相手をしてはいるが、沢田にはきっちりベッドマナーをしつけ
た。どうせホットケーキが焼けるまでの我慢だ。

「はい。ですが、」

 獄寺は、現在時刻と所要時間、移動時間、到着先での所要時間を計算する。

(あっちで調理できる時間が足りねえな。)

 年に一度の命日に、精神的に不安定になった沢田から求められることを予測していたが、米の炊き
忘れなんてアホな理由でホットケーキを焼いていたせいで、予定よりも遅れてしまっている。今日は少
女達の命日。獄寺は今日中に自宅へ帰って、1分1秒でもいいから、2人に黙祷を捧げたかった。

「ホットケーキ半分、頂戴してもよろしいですか。」

「なんだ。一緒に食べれば良かったのに。」

 沢田は獄寺の言葉に目を細めて笑った。

「いいえ、けじめですから。」



 事件直後からしばらく、沢田は獄寺を避けていた。あなたの気持ちを理解しています、わかっていま
すという獄寺の態度が目障りだった。獄寺が並中に転校してきたばかりの頃に戻ったように鬱陶しか
った。そのくせ、身近で唯一日本語が通じる獄寺にあたり散らしていた。

(獄寺君にオレの気持ちがわかるはずがない。オレが誰を好きで、誰とつきあっていたかも知らないく
せに。)

 誰にも言わなかったからだけれど。

(京子ちゃんとハルが死んだのは、オレのせいだ。)

 沢田綱吉としての小市民的夢と未来を捨てドン・ボンゴレとして生きるつもりで渡ってきたイタリアで
も、結局悲しみにとらわれたままで自暴自棄になっては荒れた。遅くきた反抗期さながら、獄寺にフラ
ストレーションをぶつけて傷つけた。それなのに、渡伊から半年ほどして頃、ボンゴレ10代目としての
評価が着々と上がっていると耳にする。
 嘆くばかりで虚ろな上に、まだイタリア語も拙い沢田がどれほどの働きができるわけもない。献身的
にサポートしてくれている、獄寺の努力の賜物なのは明らかだった。

(オレってまるで、駄々っ子みたいだったんだ。)

 気づいてしまったらすっかり目が覚めた。
 そして、改めて獄寺について考え直さずにはいられなかった。
 イタリアに来てから、仕事はもとより生活の些事の何から何まで獄寺に頼っていたのに、感謝するど
ころか煩いと邪険にしていた。そんな沢田に獄寺はいつも変わらず笑顔を見せてくれていたことを思い
出す。その笑顔すべてが必ずしも心からのものではないにしても、いつも沢田を思いやってくれてい
た。

 トクン。
 その時、沢田は自分の心臓が動いていることを思い出した。
 
(そうだった。オレはまだ生きていたんだ。)



 午後9時30分。
 沢田の私室のベッドの上で獄寺は時間を気にしつつ、足の指を舐めしゃぶられていた。食事の後に
シャワーを浴びて焦らず力まず前戯の上、ゴムをつけた沢田にお行儀よく突きまくられ終わったとこ
ろ。沢田は獄寺が感じていないのを知っていて、うっかり触ったふりで足の裏をくすぐってくる。後戯と
いうより単なるじゃれだ。
 獄寺はさっさとベッドを降りたいのだが、沢田に片脚を完全に抱えられてしまっていて立ち上がれな
い。沢田を蹴飛ばして出ていくというのは、犬の顔した右腕のキャラクターではないが、飴はたっぷり
やったから次は鞭の番。
 獄寺はくすぐったさに甲から足の指を突っ張らせ、笑いを含んだ声で宣告した。

「10代目、すみませんが、オレこの後予定がありますので。」

 抱えられていた獄寺の脚が、壊れ物を扱うようにそっとシーツに下ろされる。

「そう。ありがとう。」



 獄寺が衣服を整え礼をして部屋を出るのを見送り、寝具を被った沢田は盛大な溜息をついた。
 獄寺には秘密の恋人がいる。今からそちらへ向かうのだ。
 どんなに獄寺が慎重に隠していても、何年も四六時中行動を共にしている沢田にわからないはずが
ない。相手の見当だってとっくについている。沢田に抱かれた後、獄寺は決まってその恋人に会うた
めに出掛けて行く。

(獄寺君、オレにはほんと、犬なんだよな。)

 獄寺の行動原理は『10代目の右腕』だ。頼みさえすれば内心はどう思っていようと沢田の欲を受け
とめて、眉を寄せて耐える可愛い顔とか見せてもくれるけれど、沢田の隣で寝て行くことはない。

(オレの方は、すっかり獄寺君に依存してるのに。)

 今では獄寺を喜ばせるために仕事に励んでいるようなもの。5年前の事件からは立ち直っているけ
れど、まだ当分、悲劇的な事件で恋人を喪った気の毒なボス、という座り心地のいい椅子を立つつも
りはない。




 午後10時。
 獄寺は雲雀恭弥の家にいた。本部から車で5分と離れていないのに、お化けが出そうな鬱蒼とした
森の中に建つゴシックな屋敷だ。

「なんだ。また来たの?」

 つれない口調に反し、雲雀は細腰にまわした腕で獄寺を引き寄せた。銀髪に鼻先を埋めると、獄寺
が吐息に身動ぎするのを感じる。

「ヒバリぃ。」

 ただ一言甘く名を呼ぶ獄寺に、雲雀は鼻をすり寄せるようにして口づけた。



「んっ。」

 口を吸いあいながらもつれ込むように寝室に移動し、服を脱ぐ間も脱がせる間も惜しげに、獄寺は下
半身だけあらわに脚を開いた。

「バカだね。沢田なんて断ればいいのに。」 

 雲雀の視線が獄寺の下肢を舐める。
 沢田に抱かれた回数と同じだけ自分にも抱かせろと要求したのは雲雀だが、獄寺は毎度毎度、沢
田のベッドから逃げ出すようにやってくる。
 そして甘い声を出して誘うのだから、もしかして獄寺は自分に抱かれたくて沢田を拒絶しないのでは
ないかと、期待しても仕方がない気がしてしまうが、嫌がらせなのかもしれない。わからない。

「そりゃそうだけど・・・可哀想だろ。」

 雲雀は白い脚を肩に担ぎ上げて、自らの先走りのぬめりだけで獄寺を刺し貫いた。ならしてやる必
要は無い。

「沢田の犬なんて犯してもつまらないな。」

 雲雀は狭隘なところを動かず獄寺の感覚が追いつくのを待つ。

「ん。そのわりに凄いよ。お前の。」

 目を細めた獄寺はそう囁いて、切なげに腰を震わす。

「君が狂犬だって知ってるからね。」

 はじまった抜き差しの衝撃に揺さぶられながら、獄寺は雲雀に共犯者の笑みを投げかけた。




 5年前、並盛連続少女誘拐事件には、風紀委員会としても取り組んでいた課題だった。獄寺の提げ
る紙袋の中に或る物を見つけた時は、流石の雲雀も衝撃を受けた。1組目の遺体が発見される以前
のことだ
 大概、沢田にべったりの獄寺がここ数日は別行動をとっている。好ましい。捕まえて話しかけてみよ
う。いや情報交換の必要のための接触だ。獄寺はちょっと買い物帰りですといった格好で、突然現れ
て荷物を覗き込んだ雲雀に目を丸くした。

「君、そんなに沢田をマフィアにしたいんだ。」

 雲雀は事件の全貌を垣間見て呆れた。
 確かに、少女達を取り戻そうとした沢田が、新興マフィアを潰した様は鬼気迫る物があって見物だっ
た。たとえ今後、再び草食動物の皮を被ろうとしたところで、一度まとった血の匂いは拭えないだろ
う。

「・・・いい勘してんな。お前はもっとパーかと思ってた。」

 次の瞬間、獄寺はダイナマイトを投げつけてきた。
 至近距離の攻撃だったが、雲雀はすべてのボムの導火線を着火前にトンファーで叩き消した。獄寺
の片手は大事な荷物を抱えたままなのだ。勝負にならない。
 雲雀は最初に獄寺の顔を打ち据え、腹を打撃して蹴り倒して、紙袋を奪った。

 ラップで包まれた少女の顔は、眠る人形のように清らかで美しかった。
 それなのに、それが2人のどちらだったか何故だか今は思い出せない。

「かわいそうに。身体はどこ?頭、返してあげなよ。」

 口から血を流した獄寺が、瞬きをして雲雀を見上げた。
 沢田か警察に突き出されると思っていただろう獄寺は、ぽかんと呆けた顔をしていた。

「動けないなら僕が返してくる。その代わり、何で首を切ったのか教えてよ。」

 特段、獄寺を罪の追及から庇うつもりもなかったが、並盛市民に対する無差別な連続誘拐事件で
はなく、沢田個人に対する精神攻撃だとわかった時点で、雲雀にはどうでもいいことだった。もうこれ
以上少女はいなくならないだろう。後は、死体の在りかさえ獄寺から聞き出せば、宝探しはおしまい。
 雲雀の問い掛けにキョトンとした顔をした後、獄寺はぷぷっと吹きだした。

「え?わかんねえ?・・・・やっぱお前パーだ。」

「余計な口は慎みなよ。自分の立場わかってる?」

 雲雀は無抵抗の獄寺を再び殴りつけた。痛めつけられながらも止まらない獄寺の笑い声が消えて
から、雲雀は獄寺の足指を一本ずつ、関節と逆方向に折ってやって、遺体の隠し場所を聞き出した。
動けなくなった獄寺を自宅に運びこんでから、首を本体に返してきたのは雲雀だ。
 そう言えば、もう1人の少女の居場所もしくは遺体のありかを聞き出さないと、と思いながら獄寺の
待つ自宅に向かうまでの間に、1組目の遺体が発見されたという報が入った。間一髪のところで、殺人
の容疑者にならずに済んだらしい。

「そう。見つかったんだ。よかったね。」

「いえ、それが・・・」

 草壁から遺体の首と身体が別人だったと聞いてはじめて、雲雀は交換の片棒を担がされたと気づい
た。

 もう1組の遺体の隠し場所は、あえて獄寺から聞き出すのは止めた。どうせすぐに出てくるだろう。
 その代わり、雲雀は何故獄寺が少女達の首を交換したのか知りたがった。

「・・・まだわかんねーのかよ。ぷっ。」

 傷だらけの獄寺は雲雀のベッドに横たわったまま、傷が痛い痛いと笑った。

「ヒントやるよよ。10代目はお前よりずっとオトナ!ぷぷっ。」

 沢田の忠犬だとばかり思っていたのに何なんだろう、この獄寺隼人という人格は。主人の気に入り
の少女を2人も殺しておいて悪びれない。
 雲雀は初めて知った獄寺の一面に禍々しいものを感じたけれど、面白くもあった。主人ではなく犬の
方が手綱を引いている。

「君が殺したの、秘密にしとくから教えなよ。」

「それじゃ、もったいねえよ。」



 数か月、雲雀は首交換の理由を考えたがわからなかった。その間に獄寺は沢田にくっついてイタリ
アへ行ってしまっていた。
 獄寺に訊いてみるしかない。獄寺しか知らないんだから。獄寺の口から真実を聞き出さないことに
は、気になってしかたがない。だから僕はわざわざイタリアくんだりまで行くんだからねと、自分自身に
言い訳をしてイタリアへ飛び、ボンゴレ本部へ出かけて行った。
 獄寺に、何度も教えて教えて、教えてくれないと沢田にあの件言っちゃうよ、言っちゃうからねと言い
ながら、誰も知らない獄寺の一面を知っていることが楽しくて、本当に沢田に言うつもりはなく、ずるず
ると長逗留した。

 ある日、獄寺の顔を見に本部のボンゴレの執務室に窓からお邪魔したら、白昼、獄寺は沢田にバッ
クから犯されている真最中だった。猿轡を咬まされ両手は縛られ拘束されて、脚には血と白い粘液が
滴り落ちている。獄寺の顔を見れば泣いているから、そういうプレイではなく、非合意の一方的な行為
なのだろう。それにしても、どっちだったか知らないけれど沢田の女を殺したのだから、自業自得では
ある。チビでガリの沢田が腰を打ちつける様を見て、どの辺が自分よりもオトナなのか雲雀は考えたが
解らなかった。

 実際、観察していたのは1分にも満たず、雲雀はトンファーで沢田の意識を失わせた。沢田を引きは
がして放ると、支えを無くした獄寺はズルズルと崩れ落ちた。床に落ちたまま方向を変え、脚で沢田
の頭を蹴ろうとしていたが、痛みで身体が言うことを聞かない様子だったので、雲雀は代わりに沢田
の横面を靴先で蹴り飛ばした。

「何してやがる、10代目にっ」

 声を荒げる獄寺に雲雀は安堵する。なんだやっぱり犬は犬。

「君こそ何されてんの、沢田になんか。」

 それから、獄寺を部屋に担いで運んで身体を清めてやった。薬の影響でおかしくなっているとおぼし
き沢田に関しても、獄寺があまりに心配するので後で執務室を覗きに行ってみると、沢田は頬を冷や
しながら酒を飲んでいた。
 その顔を見ているうちに雲雀は腹が立ってきた。

「君が殺したの秘密にしとくから、沢田と同じ回数だけ僕にもさせてよ。」

 口に出してから、腹立ちをぶつける対象としては間違っているけれど、欲求を向ける対象としては誤
りがない気がした。

 獄寺は何故だかありがとうと見当はずれなことを言って、雲雀の首に腕をまわしてきた。
 その場は獄寺の申告で2回した。本当はもっとされていたのだろうけれど、雲雀は最中にふと気づい
たことがあって、軽くうろたえていたのでそれで止めにした。

(僕はわざわざ並盛から、こんなことしに来たのか!)




 午後11時30分。
 今夜の流れでゴムをつけるよう要請できなかった獄寺は、ティッシュを大量消費してから、キッチン
に立っていた。

 ベビーリーフのミックスにスライスした胡瓜とミニトマトを並べ、ちりめんじゃこはこっちに無かったか、
刻んだ梅干しとかつお節を1パック振りかける。サバの味噌煮の缶詰を皿にあけ、おろし大根をたっぷ
り添える。ホットケーキは4分の1、2枚皿に重ねる。以上。

 雲雀がバスから上がってこないうちに、獄寺はさっさと自宅へ向かった。



 午後11時35分。

「また、あの子は朝食だけ作って。」

 雲雀の頭にのっていたヒバードが、テーブルに飛び移ってベビーリーフを啄ばむ。
 朝まで一緒にいるという選択もあると提案してみたいけれど、獄寺にこれは単純に殺人を秘密にし
てもらうための対価だからと言われたらいやだなあと思う。でも単に対価なら、何故食事を作っていく
のか?獄寺は謎ばかりだ。

「?」

 ホットケーキを見た雲雀は、何かを感じた。

 4分の1が2枚。つまり2分の1枚。それなら残りの半分は?

 閃き。

「そうか。そういうことか。」

 何故、沢田は獄寺に僕と寝るなと言えないのか。
 何故、獄寺は首を交換したのか。

「なんだ。つまんない。」

 獄寺の言う通りだった。そりゃそうだ。これが秘密の代価じゃ、確かにもったいなかった。それでも、5
年近くもかけて気づいたのは、心理的に進歩?したからなのだろう。

「獄寺を好きにならなかったら、解けなかったかもしれない。」

 沢田が二股をかけていたなんて気づいても、何も面白くないけれど。




 午後11時50分。

「ギリギリ、セーフ。」

 獄寺は本部からほど近いマンションの1室、自宅のベッドルームにいた。
 ボードの上に、白いフォトフレームが3つ並んでいる。中央は母親の、左右には京子とハルの写真。
そ の前には小さな花瓶に花が活けられ、砂糖菓子が並べられ、ちょっとした祭壇になっている。

 獄寺はその前で、教会学校で祈り方を教わったばかりの子供のように敬虔な態度で、両手を組んで
目を閉じた。

(オレみたいにマフィアに毒されないうちに死んだあんた方は、幸せかもしれないです。どうか安らかに
おやすみ下さい。)




 午前0時30分。
 シャワーを浴びてきた獄寺は、ベッドにトーンと横になって、慌ただしかった今夜を思い返す。沢田の
前戯は良い。本番はお行儀が良過ぎてもの足りない。そうしつけたからなのだが。雲雀はちょっと性
急過ぎる。常に沢田の後で行くから、前に準備の必要が有ることさえ知らないかもしれない。
 いっそ、2人並べてやったら面倒がないのになあと獄寺は思う。調理も1度で済む。雲雀に飯を作っ
てやる義理は無いのだが、沢田と同じにしておかないとアンフェアな気がして続けている。

「沢田の頭と雲雀の身体、切ってくっつけたら最高かも。」

 つまんない想像すんのも、ホットケーキが焼けるまでだ。




2009/05/21

 

暗黒な獄 をめざしてみましたが。

黒いことは黒いけれど、どこか間抜け。

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