ヒバリズム
その1
獄寺が食後の昼寝をしようと応接室へ行くと、テーブルの上に見慣れない装置が置いてあった。
「なんだこれは?」
コンセントまでコードが延びている。電気製品なのは確かだが、どんな用途に使われる装置なのか見当がつかない。
不思議に思った獄寺がプラスチックの蓋を開けてみると、ほかほかと温かい中に小さな卵が半ダース並んでいた。
「温泉卵製造装置か?」
それにしては、鶏卵よりもはるかに小さく、食いでがなさそうだった。
「食べないでよっ!」
うずらの卵ほどの白い卵を指先でつついていたら、応接室へ帰って来た雲雀が殴りかかってきたので応戦する。
装置をかばう雲雀の動きは常になく鈍く、獄寺は余裕で雲雀にボムを命中させまくって、応接室を後にした。
その2
放課後、一服しようと獄寺が屋上に行くと、学ランにリーゼント姿のあつくるしくもむさくるしい集団が、白い小さな可愛い籠を手に提げて、右往左往と探し物をしている。
「ちっ。よそへ行くか。」
似合わないバスケットは見なかったことに決める。
「よく探してね。このあたりに産んだはずなんだから。」
「ウッス!」
「ッス!」
「ッス!」
「ス!」
雲雀の号令及び風紀委員らの轟く声も聞かなかったことにして、獄寺は応接室へ急ぐ。
風紀委員がそろって屋上にいるなら、応接室は安全地帯だ。
その3
獄寺は装置から卵を三つ取り出して、ミニボムを構える要領で左手の指に挟んだ。そのままソファに掛けて背もたれに左腕を伸ばし、手先を向こうへと隠す。
右手だけでタバコを取り出し、口に咥えてライターを傾けたところで、卵でいっぱいの籠を提げた雲雀が戻ってきた。
「よお、早かったな。」
雲雀は獄寺を鋭く睨みつけてから籠を慎重に床に下ろし、転ばないか視認した上でトンファーを構えた。
「こんなところで喫煙なんて、正気なの?」
「ご心配なく。十二分に正気だ。」
獄寺はニヤリと笑い、左手の卵を見せびらかす。それから悠然と脚を組み替え、咥えタバコに点火した。
「君が卵を抱えるのはいいけど、タバコはだめだよ。」
雲雀の両手が、獄寺の左手を優しく包みこむ。
「胎教に悪いから。」
何かもう色々と間違い。
その4
風紀委員が屋上で集めた卵は、色も大きさもまちまちだった。
「僕もがんばるよ。」
雲雀は籠から茶色い卵を一つ選び、学ランの内ポケットに入れる。その際、獄寺には「
ヨード卵
光
」のシールがちらりと見えた。
風紀委員にも面白い奴がいる。獄寺は籠の中身を物色することにした。タバコを消して指に挟んでいた卵を孵卵器に戻す。
「まだかな。はやく孵らないかな。」
雲雀は学ランの上から卵をさすっている。
「ねえ、獄寺、まだかな?」
「まだだろ。」
獄寺は籠の卵を一つ一つ改めながら生返事。テーブルの上でひねれば七つはよく回った。銀紙に包まれチョコレートの香りがするのも五つある。風紀委員は意外に楽しい奴揃いだ。
「あっ」
何度もさするうちに懐の卵を割ってしまった雲雀が悲嘆するのをよそに、獄寺はチョコエッグを一つ開けてみた。
「おおっ」
中のフィギュアはなんとツチノコ。
その5
幸いにして割れたのはゆで卵だったけれど、雲雀は落胆しまくった。
「僕の体温、普通よりも高いこと忘れていたよ。」
雲雀はハンカチの上に置いたゆで卵を見てしんみりする。
「温め過ぎだなんて。」
獄寺はうつむき加減で細かく震えていた。
「お前が大事にして可愛がってたって、わかってるよ、その卵も。」
「そうかな。」
「そうそう。」
それから雲雀は風紀委員を呼び出して、応接室の窓のすぐ下の花壇に穴を掘らせた。
「君は来なくていいよ。胎教に悪いから。」
雲雀は気丈にそう言って卵を埋葬した。
雲雀がしめやかに葬儀を執り行う間、応接室に残った獄寺は窓からながめつつ、チョコエッグを食べていた。雲雀が立ち去った後、花壇に残った風紀委員がアイスキャンディーの棒を立てるのが見えた。
『
ヨード卵
光
ここに眠る
』
その6
獄寺はゆで卵七つとチョコエッグ四つを服の中に隠した。ダイナマイトにチョコレートの匂いが移ってしまうがしかたない。花壇にあと十一本もアイスの棒を立てたら園芸部員が迷惑だ。もったいないし。
獄寺は卵の検分を再開した。残る卵は三つで、そのうち二つは孵卵器の中の卵によく似ている。色もサイズも一緒だ。マジックで日付を書き孵卵器の空きスペースに入れる。
最後の一つが問題だった。メロンほどの大きさで、真緑色のベースに紫色の斑点が散っている。
「ヒバードの卵じゃねえことは確かだ。」
親鳥よりでかい。
「なら、なんの卵だ?」
地球上の生物なのかさえ疑いたくなる、気色の悪いカラーリング。もしや未確認生物、ツチノコの卵かと、両手の中でくるくる回している時に。
「やっぱり、君にがんばってもらわないとならないね。」
雲雀が帰ってきた。
その7
「今日から卵を温めることに専念しよう。授業は免除にさせる。」
雲雀は孵卵器の隣にお重を置いた。
「少し早いけれど夕御飯。布団は後で運ばせる。」
卵が孵化するまで、雲雀は獄寺を応接室に泊り込みさせる気だ。
「並盛ホテルの料理長に作らせたよ。冷めないうちに食べて。」
弁当は美味そうだったから、獄寺は食後に逃げることにした。
「必要なものがあったら言って。用意するから。」
メスが卵を抱える間、オスは甲斐甲斐しくエサを運ぶ。獄寺は緑紫の卵を膝に置いて、ふわふわの厚焼き玉子を箸に取った。これはチャンスかもしれない。
「着替え。」
「すぐに用意させる。」
「風呂場。」
「すぐに増築させる。」
「iPhone。」
「すぐに買ってこさせる。」
欲しかったから嬉しいが、風紀委員に買い物に行かせるのではマズイ。雲雀に出かけてもらいたい。獄寺はゆで卵入りハンバーグを切り分ける雲雀を見ながら考えた。
「たまごクラブ。これからのこともあるし。」
「すぐに買ってくる。」
ハンバーグを置いて本屋へ向かう雲雀を見送った後、獄寺はすぐに脱走した。
その8
応接室から逃げる際、獄寺は緑紫の卵を服の中に隠し持っていた。チョコレートの匂いが移ってしまうがしかたがない。もしも本当にツチノコの卵なら、ぜひとも手元で孵したい。
一晩卵を抱いて寝て、翌日獄寺は卵連れで応接室へ行った。授業免除の恩恵にあずからない手はない。iPhone欲しいし、マジで浴室増築したか気になるし。
うなだれる雲雀の手に、たまごクラブとひよこクラブがあった。
「あれから反省したよ。卵を抱いている時は神経質になるものなんだね。」
雲雀は姿勢を正した。
「君が卵を温めてくれるなら、ここでなくてもかまわない。」
熱いまなざしを送る。
「だけど、君のその卵が孵る時は、僕も一緒にいたい。いさせて欲しい。」
獄寺の息が詰まる。雲雀がそんなにツチノコの孵化を見たかったとは知らなかった。
「・・・いいぜ。」
雲雀の顔が笑みにほころぶ。
「これから二人でラマーズ法を覚えよう。」
だからもう色々と間違い。
おわる。
2010/02/07