雲雀の恩返し

 

 ツナと共に登校した獄寺は、1限が始まるのを待たずに教室を出て屋上へ向かったが、階段を上が
ろうとしたところで数人の職人が行き来するのを目にする。立ち止まって耳をそばだてれば、防水工事
が始まるらしい。獄寺は踵を返した。
 校舎の裏手にまわりヘチマ棚の下にしゃがんで煙草をふかしていると、黄色いものがぶら下がって
いるのが見えた。ヘチマの花にしては早すぎる。しかも、ぷるぷるしているし。近づいてみれば、弦を
結う糸に脚を絡ませて立ち往生する小鳥だった。

「大なく小なく並がいいー♪」
「ヒバードかよ!」

 獄寺は吸いさしを近づけ、ヒバードに絡まる糸を焼き切った。小鳥はコロンと獄寺の掌に転がる。

「怪我してねえ?」
「健やか健気♪」
「そうか。よかったな。」

 一瞬、獄寺の肉の薄い頬にえくぼができるのを見たのはヒバードだけ。
 無意識に笑って幼く見えるのが嫌で、獄寺は意識的に笑顔は目と口元で作るようにしている。だか
ら、普段の笑顔には眉間に多少力が入る。
 ヒバードはパタリと獄寺の頭の上に飛び移った。
 直ぐに応接室へ行って飼い主に返してやるべきかとも思ったが、そんなところで何をしていたのと問
い正されたら面倒だった。獄寺は1限の終了を待ってから、風紀委員の誰かにヒバードを押しつけるこ
とにした。

「ちょっと待ってな。」

 獄寺は煙草を取り出しかけてやめた。返却時にヒバードの羽毛に煙草の臭いがうつっていたら、飼
い主から煩いことを言われそうだ。一服は諦めて、ジュースでも飲もうと立ち上がる。購買に行くより
裏門から外に出たとこにある自販機のが人目に触れないかなと歩いていると、部室棟の裏手で怪しい
人影が走り去って行くのが見えた。

「?」

 後姿しか見えなかったが、中学生ではなかった。服装、体格から見て大人だ。

(のぞきか?今頃誰も部活やってねえよ。こんな時間から学校に来て授業に出ねえのは、オレか風紀
委員長様ぐらいだぞ。)

 獄寺は中学の授業など出る必要がない。悪童と評判が立ち始めた頃、引き受けた仕事で重傷を負
った際に9代目に拾われた。ボンゴレに入れてもらえるのかと思いきや、15歳までにどんな分野でも
いいから大学卒業程度の実力を身につけてみろと言われ、必死になって12歳までに数学と物理で博
士論文を出した。それなのにファミリーには入らせてもらえずくさくさしていた時、10代目候補のツナに
仕えろと指令が下った。

 一方、獄寺を含め多くの者は知らないが雲雀はLDで、生来識字が困難だ。IQは高く記憶力も良い
ので、中学生を幾度か繰り返すうちに授業内容は暗記している。
 並盛町内の小中学校の中で最も立地が良い並盛中には、並盛全域の中学生と小学生、そしてプレ
スクールの幼児を対象とした特殊学級が併設されている。雲雀は4歳から並中生だった。

 キラン。

 獄寺は電子機器の部品らしきものが落ちているのを認めた。女子テニス部の裏だ。獄寺は部品を拾
ってポケットに入れた。
 清涼飲料水を飲み飲み校舎へ向かって歩いている時、屋上から何かが落下してくるのが見えた。

 ガコーン。

 何かは壊れかけた焼却炉のトタンを破り、炉の中で中身が零れたらしく、辺りにきついシンナー臭が
漂う。

「ありゃ。火つけたらやばくね?」

 疑問符をつけるまでもない。



「・・・と、いうわけです。獄寺からは謝礼として煙草3カートンを要求されましたが、拒否しました。しか
し、何らかの礼をすべきではないかと思いましてご相談を。獄寺から喫煙とサボタージュがばれるから
と口止めされてはいるのですが。」

 昼休み、応接室で草壁から報告を受けた雲雀の脳裏には、獄寺の頭にちょこんと止まるヒバード。
可愛いの2乗。小さな黄色い嘴が透き通る銀色の髪を一筋くわえて引っぱるから、獄寺はちょっと痛
そうに目を細めて、上目づかいでコラとか言って、ヒバードがピヨと鳴いたら優しい顔で笑ったりして。

「なんで朝のうちに教えてくれなかったの?」

 ムッとした雲雀に、草壁が言い訳する。

「ヒバードの主治医への連絡と、盗聴・盗撮魔の調査と通報と、焼却炉の使用禁止が急を要しました
ので。」
「草壁は見たの?ヒバードをのせた獄寺?」
「はい。」

 白に近い色の丸の上に、黄色い玉。

「どんなだった?」

 季節外れだが鏡餅ぽかった。

「おいしそうでした。」

 雲雀は草壁の腹に一発、トンファーで打つ。

「ぐっ。」

 草壁が腹を押さえて屈むのを眺めながら、雲雀は獄寺への礼をどうしようかと考えた。獄寺は歩く校
則違反者だから、今回お手柄続きだったからと言って、風紀委員会から大っぴらに礼をしたら示しがつ
かない。ひっそりこっそり、獄寺のためになるような形で謝意を表するには。

「獄寺は何を喜ぶと思う?」

 草壁は腹をさすりさすり姿背を正す。

「タスポですね。」 



 数日前、教室でのこと。

「獄寺君。この頃、年齢チェック厳しいのにどうやって煙草を買ってるの?」

 小首を傾げて尋ねたツナに応え、獄寺は得意気にタスポを取り出してみせた。

「以前、しめてやった並高の連中ん中に、ダブって20過ぎてる奴がいるんですよ。どれだけアホなんす
かね。で、オレが自販機使えねえ困ったって言ったら、そいつがくれたんですよ、もう20だから煙草や
めるからって。」

 ゴォッ。

 紅い炎が一瞬のうちにカードを燃やし尽くすのを草壁は見た。

「じゅうだいめえっ」

 めそっ。

「ごめん、ごめん。手が滑っちゃった。」



「却下。他には?」
「と、言われましても。」

 2人はそれぞれ頭をひねった。
 アクセの類をこっそりプレゼントするとか、校則違反をそっと見逃すとかは、風紀委員会の活動方針
に反する。

「食事はいかがでしょうか。」

 副委員長から一案。彼は京都の老舗のお茶屋の息子で、この辺りの料亭にも顔が利く。

「礼をしたいからって食事に誘うの?それとも、何の理由も無いけどって食事に誘うの?」

 雲雀はしばしば疑問形を用いる。
 本人は気づいていないが潜在的な言語能力の不安から、要確認事項は即訊くスタンス。それが詰
問ととられ警戒されがちだが、実際その程度の警戒では甘い。しかし今、口調のきつさが和らいでい
る。

(委員長、それではほとんどデートの相談です。)

 幼少の頃に雲雀に出会い、そのぶち切れた攻撃性と行動力から世界の平和を守らねばという使命
感にかられ、雲雀をつかず離れずサポートしてきた草壁にはわかっている。雲雀は獄寺に恋をしてい
る。その証拠に雲雀は無意識にトンファーの先でデスクにしきりにのの字を書いていた。へのへのも
へじを書けない人が。

「・・・では、イタリア人に訊いてみましょう。」



 てっとり早く内線で呼び出したシャマルは、ハイテンションだった。

「あー、今、患者がいっぱいで忙しいんだよ!ええっ?イタリア人が日本でやりたいこと?そりゃあフジ
ヤマ・ゲイシャっしょ!えーい、ジャンケン、」

 ガチャン。

 BGMのようにきゃんきゃん女子の声が聞こえていた。トンフル流行によるマスク不足を解消しよう
と保健室にやってきた女生徒と、ジャンケン・ゲームでもしていると見た。

「保健室を取り締まらせて。風紀に反する。」
「すぐに手配します。」



 ガン。ゴン。

 その晩、獄寺の部屋のベランダのガラス窓が外から叩かれた。

「開けて。」

 5階建てのマンションである。

 ガラッ。

 聞き覚えのある声に、獄寺はガラスを割られてはまずいと引き戸を開けた。

「ヒバリィ、お前どうやって、え?!」
「雲雀じゃない。僕はヒバードだよ。」

 雲雀は昔々誰かに読んでもらった、『鶴の恩返し』作戦に出ることにした。獄寺がわからないでいるう
ちに礼をしてしまえ。

 ぽっくりを履いた土足のまま部屋にあがりこむ雲雀を、獄寺はまじまじと見上げた。
 黄色の地に牛車に雲の意匠の大振袖、だらりの帯は波に千鳥が金刺繍。生え際から襟首まで水
白粉で塗りつぶし目元と唇に紅を指した、舞妓姿の雲雀がそこにいた。

 一方、雲雀は獄寺の寝巻姿から目を逸らした。タンクトップにホットパンツ。露出度高過ぎ。

「何、突っ立ってるの?出掛けるよ。」

 雲雀はそこらにかけてあったウィンドブレーカーを獄寺に放った。
 きれいな色が重なる振袖の袖口からお馴染みのトンファーが覗く。

(そんな舞妓いるか!)

 釈然としない顔の獄寺が着るのを見届けるや、雲雀はベランダへ出た。

 獄寺は鍵だけ持ってサンダルをつっかけ、とりあえず舞妓について行くことにした。重たそうな扮装
だから、流石の雲雀もきっと平常よりはスピードが落ちている。いきなり攻撃されたとしても負けはしな
いと思う。

 雲雀は、隣のマンションのベランダ、その隣のアパートの屋根へと飛び移り、また隣の家の屋根、ポ
ーチ、そして袖を翻して着地する。雲雀はエレベーターのボタンが嫌いで、草壁がいる時しか乗らな
い。ついでに、階段を上る度に壁に書いてある数字も厭だから、あまり使わない。

「なんでそんなの着てるのに、軽々と動けるんだよ!」
「ヒバードだからだよ。」

 雲雀は着つけに一筋の乱れもなくスタスタと行く。真夜中の何の変哲もない住宅地の街路灯の下
に、簪揺らした舞妓が歩いているのは、獄寺には非現実的な光景に見えた。

「この衣装を取り寄せるのと、着つけと化粧に時間がかかってね。明日は学校があるし、遠出はでき
ない。」

 本物の芸妓や舞妓を呼び寄せることもできたが、獄寺が女の子ときゃおきゃお遊ぶのが厭で、雲雀
は自分で舞妓に扮することにした。小さい頃、日舞をやっていたので女物の和服も厚塗りの化粧も、
舞台衣装であって女装のつもりがないから抵抗がない。

「なんでそんな恰好なんだ、雲雀?」
「僕はヒバードだって、言ってるでしょ。何度も同じこと言わせないでよ。」

(さっきから、ヒバード、ヒバードって何だ。ん?朝の件、草壁の野郎、雲雀に話したか?で、喫煙とサ
ボりがばれて、今からどっかで私刑するつもりか?・・・・・ダメだ。舞妓の意味がわかんねえ。)

 道路に2人の影が伸びる。サンダル履きの獄寺のよりもぽっくりを履いた雲雀の影の方が、随分と
背が高い。雲雀だと知らなければ綺麗な舞妓さんに見えるかもだが、威圧感が半端ない。

 雲雀は獄寺が立ち止まった気配を感じて振り返った。
 獄寺はわずかに首を傾げて、雲雀を見上げている。街路灯の白光の下で、獄寺はいつもより小さく
頼りなく見える。ウィンドブレーカーの裾から生脚が覗いていて、一瞬下に何も履いていないように見
えてどきりとする。

 雲雀は獄寺に手を差し出した。

「なんだ?」
「歩きにくい。手をとってくれる。」

 獄寺は眉に皺を寄せた。

「歩きにくそうに見えない。」
「見えなくても歩きにくい。」

 獄寺が、しぶしぶというよりおずおずと差し出す手を、雲雀は掴んで手を繋いだ。
 手を繋いでから雲雀は少し歩調を緩めた。白塗りの下に隠れているが、実はのぼせている。獄寺が
心細そうに見えたから手を繋いでしまったけれど、掌が熱い。汗をかいている。獄寺に変に思われな
いか気になってしまう。

「どこへ向かってる?」
「並盛中央公園。」

 手を繋いで5分。2人は並盛中央公園の奥、植樹で鬱蒼とした築山の前にいた。火山岩や小さな石
燈篭が並ぶ間にくねる石段がある。

「これ、並盛富士っていうんだよ。」
「へー。」

 獄寺は雲雀の手を放し、アウターのポケットに入っていたライターを灯し、掲示板に書かれた由緒を
読んだ。

「なになに。江戸時代に並盛町内の講で富士山へ参詣する度に、ひとつずつ持ち帰った石で築かれ
ました。老人や子供など遠出ができない者でも、この山に登れば霊峰富士の霊験あらたかと、」

「そんなこと書いてあったんだ。登ろう。」

 雲雀は掲示板を読む獄寺を置いて行く。

「ちょっと待て!」
「何?」

 獄寺は雲雀に追いついて手を差し出した。

「歩きにくいんだろ?」
「歩きにくいよ。」

 石段は小さくて手を繋いでいた方が登り辛そうな気もしたが、獄寺は手を放さなかった。雲雀はバラ
ンスを崩さず、振り袖を引きずることもなく登って行った。けれど、獄寺は雲雀の手が汗をかいている
のに気づいて、内心可笑しくてたまらない。

(涼しい顔して神経使ってるんだ。)

 天辺までは直ぐだった。高さでいえば並盛神社の階段の半分もない。

「富士山登頂成功!」

 獄寺は繋いだ手をバンザーイと挙げた。

「はは。なんかよくわかんないけど、たのし。」
「そう。それは良かった。」

 星明かりの下で笑う獄寺を見て、雲雀は目を細めた。そして見惚れた。
 暗いからと油断している獄寺の表情は、普段より幼い。

(あ。えくぼだ。)

 雲雀は焦って繋いだ手を外した。

(可愛過ぎ。)

 雲雀は両手をぎゅうっと握り絞めた。

(正面から見たい。)

 雲雀は獄寺を目で追った。
 獄寺はしゃがんで、拾った釘の先で岩石をゴリゴリ削っている。

「何してるの?」
「登頂記念。」

 獄寺はG文字で年月日及びサインを記した。

「ん。雲雀のサインも入れねえと。」

 ゴリゴリ。

 獄寺はヒヨコのマークを描き足した。

「これがお前な。」
「へえ。これなら覚えられそう。」

 雲雀が微笑んだのに気づいて、獄寺は胸を躍らせた。G文字を褒めてくれた人第一号。


 下山後は、雲雀がおごってくれた缶ジュースで乾杯し、獄寺のマンションの前で別れた。

「じゃあな。おやすみ。」
「またね。」

「そうだ、あのさ、舞妓は京都で見たかった!」
「考えておくよ。」

(正面からえくぼ見たいし。)




2009/05/25


いろいろつめこみすぎました
まだこの時空でねたがある
シリーズ化するとしたら、題はディスレクシア

何故雲雀が何年も中学生なのかとか真剣に考えたらこうなった。病院で読んでたのはひらがなの単語帳。

雲雀と草壁は日舞のお教室で出会った。草壁の方が上手だった。

雲雀の親は教育熱心で、1歳のお誕生日前に喋り出した雲雀に読み書きを教えはじめたが、3歳で匙を投げてしまった。

育児放棄状態だった雲雀は、遠縁の草壁家の世話になっている。

 

獄寺はツナの前で笑う時でも、邪気は無くても見栄はあって、眉間に力が入ってしまう。

ああゆう顎が細い骨格してて皮膚が薄くて柔らかそうだと、きっとえくぼができるんじゃないかと。

ビアンキとシャマルは知っている。

 

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