春の夜の嘘つきは誰

 

 時は4月の1日、雲雀恭也19歳の春である。
 昨年、推薦入学したばかりの大学を休学してしばし放浪し、年末近くに並盛に戻ってからは、公益
法人格取得の手続きやらで、財団設立のために奔走してきた。
 ただ今は1年遅れで大学生活を始める前の骨休めとして、所有する物件の一つである山荘に滞在
している。建物自体は古く暗く不便極まりないが、敷地内の山桜がけぶるように咲き開き空気まで薄
紅色に染める様は見物なのだ。

 雲雀は今朝方、平屋ながら坪数の多い屋敷の全ての引き戸を開けて回った。掃除する手間はかけ
るつもりはないが、風だけでも通しておこうという気遣いだ。
 普段は使わず締切っている奥の座敷を廻る廊下の木戸を開けば、白い花弁が吹き流れて畳に散っ
た。桜の品種として有名なソメイヨシノよりも、野趣に溢れて病虫害に強い山桜を雲雀は好んでいる。
山桜の花弁自体は白色だが、ガクが紅いために遠目には薄紅色に見える。

 昨夜、いや、着信記録を改めて見直せば、本日の0:05。赤ん坊からの電話で、
「そんなに桜が頑張って咲いてんなら、肥料を差し入れしてやる。」
 と、言っていたのが気にかかっている。
 『肥料』とは2人の間では死体を指す符号だ。
 常なら死体の処理の依頼の意味になるのだが、今日は4月1日。何が飛び出すかわからない。
 リボーンが何を企んでいるとしても、最低限、花見の準備は必要だろう。

 午後も遅くなった頃。
 キュィーーッ。
 急ブレーキ音が響いた。
 見れば、窓ガラスにフィルムを施した白いバンが、山荘の玄関にぎりぎり近くまで迫って停車してい
る。
 雲雀は回廊から雪駄をつっかけ車へ向かった。

 ガッ。運転席のドアが引かれる。
「ハヤ・」
「よっ。久しぶり。」
 運転席から降りてきたのは山本武だった。雲雀は足を止める。
「すげえ、桜餅の葉の匂いだ。」
 山本は肩をぐるぐる回しながら辺りを見渡した。
 運転疲ればかりでない。昨夜は遅くまで、銃の扱いにも慣れろというリボーンのお達しで、野山で猿
を追い駆けまわしていたのだ。保護獣ではあるが、作物を荒らしたり子どもに危害を与えたりする猿の
群れを始末したいという、どこぞの町の依頼だったとか。

 リボーンは自分への肥料として獄寺隼人を寄こすのでは、と内心思っていた雲雀は、不機嫌さに上
辺だけの笑顔をかぶせた。化かしあいだ。

「ようこそ。歓迎するよ。」
(嘘だよ。わかっているね。)

(おっかねえ笑顔。)
 山本は思う。
(なんで獄寺はこんなバケモノみたいな奴にまいっちまっているんだろう。)

「あー、肩凝った。仮免取ったばっかでさ。」
 確かに車体には『仮免許練習中』の札がついている。山本一人では来てはいないということだ。誕
生月が山本より後の獄寺が免許を持っているはずはないが、彼にはよく似た姉がいた。

「初ドライブで、高速のってカーセックスしてこの細い道はきついな。」

 山本はちらりと雲雀の顔を見る。
 雲雀は若干目を細めただけだ。
(やっぱ、引っ掛かんないか。つまんねえの。)

「ひとまず休ませてもらうな。土産は後で降ろす。」
 『土産』も常ならば死体を指す符号だ。

 雲雀はバンの助手席側にまわり、ドアを引き開けた。
「隼人。」
 案の定、助手席に座っていたのは様子のおかしい獄寺隼人だった。
 リクライニングにしたシートに背を預けたまま、首を運転席側に傾げ、顔は髪に隠れて見えない。
 上半身はシンプルなTシャツにデニムだが、下半身は青いギンガムチェックのスカートなんて服装。
裾が乱れて膝がのぞいている。
(やっぱり。赤ん坊に言いくるめられて、姉の免許証持たされたんだ。)

「あ。雲雀、オレ、さっき、山本に・・・。」
 震える獄寺の声は、泣くのを堪えているように聞こえなくもないが。

「そう。何されたの?」
 雲雀はバンの中を見渡した。運転席と助手席の背の後ろには壁が作られてあって、それ以後のス
ペースは見えない。

「・・・・・前の飲み会で、オレ酔っ払って、山本が教習所通わないで、運転試験場で一発で仮免取れ
たら、フェラしてやるって約束したみたいで。」

(それぞれ勝手に乱れ撃ちか。)

 獄寺は、沈黙を続ける雲雀が気になり、そろそろと顔を向けた。

(シートを外してすべて荷台にしてあるとすれば、『肥料』の最大積載量は何体だろう?
こんな車で仮免練習中の方が、よっぽど楽しいジョークだと思うけど。)

 雲雀は屈んで、獄寺の顔色を見た。
 車酔いをしているだろう、青白くてくすんでいる。先ほどの急ブレーキを見るに、山本の運転は相当
過酷だったらしい。

「どうせ、膝頭にキスされたぐらいなもんでしょ。
・・・・それに、飲み会で約束っていうのは、きっと山本の嘘だから。」
 雲雀の手が獄寺の膝をさらりと撫でてから、スカートの裾を直した。

「山本の野郎っ。果たすっ。」
 がばっと起き上った獄寺は、天井に頭をぶつけた。

 よしよしと雲雀が獄寺の頭を撫でる。
「明日は僕の車で帰ろう。」
「ん。」

 そして明日から、同じ部屋で生活するのだ。
 単に同じ大学に通うのに便利だから、部屋をルームシェアするという理由にしても。

 2人の顔が近い。
(キスしてもいいのかな。)

 獄寺隼人が自分に対して、柔らかな表情をすることに雲雀が気づいたのは、年末に並盛に帰ってき
てから暫く経ってからのことである。2人が中学で出会ってからの時間に比して、まだ日が浅かった。

 ここより回想シーン。

 放浪から帰った雲雀はその足で並中に行き、こんなに校門は低くて、こんなに校舎は小さかったっ
のだと、感慨をもって佇んでいたら、背から白い手が抱きついてきた。
 胴にまわされた指先が見えた瞬間に、何故か獄寺なのだと気がついた。

「・・・・・逃がさねえ。」
「離しなよ、獄寺隼人。」
 獄寺は力を込めてしがみついていて、雲雀がちょっとやそっと体を振り動かしたところで、振りほどけ
なかった。
「いやだ。お前って、座敷童っぽいから、大人になったら見えなくなっちまうのかと思ったっ。」

(このまま背から倒れて、肋骨潰してあげようか。・・・あれ?)
「君、25歳の僕と話をしたこともあるんでしょう?」

 ポツン。
 雲雀の中に、水滴が一粒落ちる。

(雨?)

「だけど!この雲雀とあの雲雀が、連続してるか確認しないと、実際わかんねえよっ。
25の雲雀はぽっと出てきた山の神かもしれないし!」

(?????? 座敷童 →→ ∞ →→ 山の神 ?????????
・・・・・・・・・ていうか、この子泣いてる?)

「雲雀。お前、生きてるんだ。」

 ポツン。また一粒。

 雲雀はおずおずと、自分の手を獄寺の手に重ねた。

 回想終了。

 とまあ、徐々にいい感じになってきてはいるものの、獄寺の入試があったりボンゴレで騒動があった
りだとかいろいろあって、日を置かずに顔をあわせてはいるのに、はかばかしい進展もなく、現在、妙
に甘たるい友人止まりの関係なのだ。


 雲雀に会いたさで、おかしな格好をするという条件をのんでまで、はるばる来てくれた獄寺が可愛
い。
(群れるのは嫌いだけど、これはもう、僕のものだと思ってもいいんじゃないだろうか。)

「隼人。」
 キスするよ。
 と、言いたかったのだが、その前に。

 ドン。ドン。
 バンの荷台側から壁を蹴りつける物音がした。

 ギョッとして、手をとりあう2人。
「ま、まだ生きてる?!」
「ちゃんと殺してから持ってきなよ!」
 殺しに慣れたマフィアといえども、ゾンビに慣れているとは限らない。

「違うよ。獄寺君。」
 ツナの声が呼び掛けた。
「よっ。タコヘッド。」
了平。
「獄寺、スカート履いてやんの。ふはははは。」
 ランボまで。

 獄寺は慌てて車を降り、リアのドアを引いた。

「山本を騙すまで黙っているつもりだったんだけど、獄寺君、雲雀さんに食べられそうだから、思わず
足が出ちゃったんだ。」
 
 後ろは豪華なサロン風の造りになっており、フロント席の様子が見えるモニターまで設置されてい
る。

「あれ?死体は?オレ、昨夜確かに山本が死体を運ぶの手伝いましたよ!」
「うん。車自体が別なんだよ。こんな内装じゃなかったでしょ。ナンバープレートを取り換えたから気づ
かなかった?」
 ツナがにっこり獄寺に笑いかける。

(だから、そんな車で仮免練習ってありなのかと。)
 突っ込み役に慣れていない雲雀は、無言で土を蹴る。

「・・・・あっ、0時まわってましたっ。騙されました!さすがです10代目!」
 獄寺がツナに尊敬のまなざしを送る。

「じゃあ、もう飽きたから、山本呼んで来てくれる?」
「はい!」
 山荘に向かって走り出す獄寺。

「おーい、山本ー、桜に肥料をやりに行くぞー!」



「あー、もう煩わしい。面倒くさい。隼人だけ連れて帰ろうかな。」
 山本のうぎゃっという叫びを聞きながら、雲雀は愛車のキーを握る。

(だけど、隼人、言わないけど車酔いしてるし。せっかくここまで来たのに、夜桜も見せないで帰すの
も、もったいないし。)

「雲雀、奥の座敷、使っていいよな?」
 獄寺が楽しげに宴会の準備を始めだすのを見れば、自分の屋敷から駆け落ちするのもアホらしい気
がする。

「いいよ。」
(まあいいや。これ以上煩くなったら、問答不要で咬み殺してあげよう。)
「その代わり、スカート脱いで、」

「雲雀、なんたる破廉恥な!」
 バンからドリンク類を運びこむ了平が声をあげる。
 雲雀はトンファーを伸ばしかけたが、ふと気づいて止めた。
 年齢からいって、雲雀以外に運転免許を持っているのは了平だけだ。生かしておかねば帰りのバン
を運転できる者がいなくなる。獄寺が、帰りもバンに乗ると言い出したりしたら、切ない。

「隼人、スカート脱いで、パンツ貸すから。」
(膝とか踝とか、生足見せつけないでってば。)
「うん、なんか貸して。」



 さて、夜である。
 成人は一人もいないはずなのに、お約束のように缶ビールが並んでいる。
 つまみは冷凍食品のピザやら茹でてレトルトのソースをかけたスパゲティとかジャンキーなのに、皿
が骨董的価値がありそうな和の絵皿だったりして、ミスマッチなことこの上ない。

(獄寺には洗わせられねーなー。)
 山本は洗いものができそうなメンツを数える。
(ツナぐらいか。でも、ツナに手伝わせたら、獄寺が出てくる。うーん。オレだけか。)

 円を作っている4人と離れて、不機嫌そうな顔の雲雀は、一段高い上座で盃を傾けていた。ちなみ
にランボは間違って日本酒を飲んでしまって、赤い顔で寝てしまっている。

「山本の驚きっぷりったら、なかったですよ。ほんとさすが10代目は嘘も一味違います!」

 缶ビールを舐めながら獄寺がツナを讃美する。
 月明かりにひらめく桜のひとひらが、音もなく畳に落ちる。

「獄寺君、ほおんと、オレのこと好きだよね。」
 酔っ払った振りのツナが、獄寺にへにゃーと寄りかかる。
「はい!」
「ならさ、今度2人だけの時に、さっきのスカート履いてオレの膝に座ってくれる?」
「はい!」
 獄寺はにこにこ笑ってビールを舐めている。

(うまく切り返したね。)
 雲雀は投げようと持っていた盃を置いた。

 白っぽい顔をした獄寺は、酔っていないのではなく、あまりアルコールを分解しない体質なのかもし
れない。

「タコヘッド、酌をするのだっ。」
 了平が差し出すお猪口に、獄寺は缶ビールを傾け、じゃぼじゃぼと零す。
「おお、何をするっ。」
「うるへえ、しばふめっと。」
 もうグダグダ。

「桜と言えばさ。雲雀、サクラクラ病は完治してるんだな。」
 ピザの上に落ちた桜の花びらを、山本はそのまま食べる。
「獄寺君が、シャマルの処方箋を持っててくれたおかげだよね。」
 ツナはビールにトマトジュースを混ぜてジョッキに注いでいる。
「・・・・そう、処方箋。」
 雲雀は口を挿んだ。
「処方箋って知ってる?処方を書いた紙であって、薬そのもののことじゃないって、わかる?」
「あ。」
「あん?」
 山本とツナは、雲雀の顔を見た。
「先に薬局に行ってくれなくちゃね。変な蚊のカプセルだけは持ってきていたけど、処方箋に書いてある
のに薬が足りなくて、あの時は困ったよ。」
 雲雀はため息をついてから、手酌で盃に日本酒を注いだ。

「どうしたんですか!」
「それは、もちろん、一旦、黒曜ランドを出て、町の処方箋薬局で薬を処方して貰って飲んで、飛ん
で帰って隼人を担いでから、君たちのところへ行ったよ。」
「そりゃあ、苦労したな!」
「忙しかったんですね!」


 春の夜の嘘つきは誰?


「あれ、そう言えば、昨夜の死体と骸はどうしたんだ?」
 畳に沈んでいた獄寺が、がばっと飛び起きた。

「死体と僕を並列にしないでくれませんか。隼人君。」
 声のする方を見れば、細く長い脚を伸ばして、骸が土足のまま回廊に上がってくるところだった。

「だってお前実際死体みたいな・・・・いや、ほら、お前がいれば守護者全員揃うなって。あれ?骸、お
前どうやって来たんだ?」

「死体が入った車ですよ。髑髏がリボーンから依頼されたのですが、髑髏が無免許だからと運転を怖
がるので途中で替わりました。」

 骸は宴の席に加わった。

「ほら、まだパスタあるから食っちゃえ。」
 獄寺が骸の前に皿を集める。

「はいはい。さっさと食べて、お楽しみに移りましょう。守護者みんなで隼人君を輪姦すんでしょう。
夜桜は美しいし最高のロケーションですね。」

 雲雀の投げた盃が骸のとさかにあたって落ちて割れた。

「エイプリール・フールの可愛い嘘に目くじらたてるなんて、スマートじゃありませんよ、恭也君。」
 

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2009/04/01

 

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