擬似的家族的何か



 ある日の沢田家。ちなみに、10年後から帰ってきて2か月ほど経過している。
 ツナは珍しく母親にくってかかっていた。

「ええええっ!嘘っ!?」
「当然よ。」
「やめてよ!」
「やめません!」

 奈々はツナに向かってあかんべーといーっを同時にして、ランボ、イーピン、フゥ太の3人を連れて買
い物に出かけて行った。ママン、お菓子買って、ママン、アイス買ってと大騒ぎだ。一緒に10年後の世
界に行って帰ってきたランボとイーピンはいいとして、ビアンキと共に諜報活動を行っていた大人フゥ
太の印象が強く残っているから、奈々に甘えるフゥ太を見るとギャップを感じてしまう。骸に身体を乗っ取
ら れてツナを刺して以来、ランキングができなくなったフゥ太は、今は普通の子どもなのに。

 もしツナがあと3才も幼ければ、オレの母親なのにとやきもちをやいたかもしれないが、そろそろ母
親離れをしたい思春期のツナとまだまだ子どもに構いたい奈々。3人の子どもの存在が、ツナの親離
れに一役買っているのは確かだ。

「おかしい!絶対に変だっ!」

 奈々達が出かけた後も一人喚くツナの声に、リボーンが終止符を撃つ。

 ズガーン。

「うるせえ。昼寝のじゃまだ。」

 ツナが瞬間的にハイパー化して銃弾を避けたので、壁に穴が空いた。

「リボーン、ビアンキってオレの何だ?」
「ああっ?てめえにとっちゃ、獄寺の姉貴だろうが。」

 ここでビアンキ登場。

「あなたの家庭教師のリボーンの愛人でしょ。他に何があって?」

 ビアンキは、立ったままこっくりこっくり始めたリボーンを抱きあげ、頬を寄せる。
 その格好はといえば、寝巻がわりのくたびれたジャージに5本指靴下。毛先がはねているのは寝ぐ
せだ。血縁なんてないのに、ビアンキは沢田家の住人中で最も家光に似ている。出入り自由で身勝
手で子どもよりもかたくなに自分のスタイルを貫く大人。リボーンもわがままだけれど、それはまた別
格。

「最初の設定だと、ビアンキもオレの家庭教師じゃなかった?」
「バカツナの相手なんて、誰がするもんですか。」

 チュッ。グロスも塗っていないのに艶やかなリップがリボーンの頬の上で音をたてる。

 10年後のビアンキはツナがボンゴレとしてリーダーシップをとることを認めていたが、現在のビアンキ
はツナの言葉に些細な注意も払わない。だから、フゥ太に感じるほどではないけれど、ビアンキにもや
っぱりギャップを感じてしまう。ともかく、このビアンキのツナに対する態度といったら、成人した姉が年
端もいかない弟に対するがごとしなのだ。

「行きましょう、リボーン。子守唄を歌ってあげる。」

 リボーンに注がれるビアンキの眼差しには、聖母マリアの慈愛が満ちている。男は女に母親を見る
とは言うけれど、赤ん坊の身のリボーンにとって、ビアンキは確かに母親代わりでもある。

「居候のくせして三食昼寝つきか、クソアマッ!」

 昼寝に戻る2人の背に、ツナが浴びせかけた。

「すみません。あの、姉貴がまた何かしでかしましたか?」

 いつのまに来ていたのか、ツナの足元にしゃがんで小さくなった獄寺の姿があった。

「・・・どうしたの獄寺君、そんな恰好で?」
「姉貴の声が聞こえたので、倒れるより先に地面に近づいておこうかと。」
「君も苦労するよね。」

 ビアンキがツナにとって姉的なものであるとすれば、獄寺にとっては鬼門だ。10年後から帰って来て
なおさら、獄寺はビアンキに対して警戒しているように見える。10年後の世界で何かあったのだろう
か?
 その後すぐに山本もやって来て、予定していた勉強会が始まったが、しばらくすると獄寺がふらりと
立ち上がった。

「すみません。さっき姉貴の声聞いたせいか、ちょっと。」

 だだだとトイレに走って行って、吐いてうがいして戻ってきて、すみません、さあ続きを、と座り直した
獄寺は見るからに辛そうで、ツナと山本の2人がかりで言い聞かせてツナのベッドに寝かせた。その
際に触れた獄寺の身体に、ツナも山本も違和感を持ったけれど、まさかという思いがあって内心のう
ちに打ち消す。
 頭痛と腹痛がすると呟きながら鎮痛剤を拒否する獄寺に何が必要かと問えば、酸っぱいものが欲し
いと言う。レモネードを作って運んで飲ませてやると、もそもそ頭から布団をかぶって寝てしまった。
 その傍らで、ツナと山本は音をたてないよう気づかいながら自習した。獄寺の指導がないからはか
どらないかと思いきや、終わって時計を見ると大して時間はかかっていない。

「勉強のやり方がわかったって感じかな。」
「獄寺先生、さまさまなのな。」

 ツナも山本もボンゴレ絡みで多忙なわりに、徐々に成績はあがってきているのだ。

「獄寺君のおかげだよ。ったく、ビアンキじゃない。」
「ビアンキ姉さんがどうしたって?」
「ビアンキ、オレの家庭教師の給料、毎月、貰ってるんだって!」
「へえ。ビアンキ姉さん、沢田家の家事手伝いじゃなかったのか。」

 沢田家にビアンキがいるために、獄寺はしばしば腹痛で苦しむ羽目に陥るし、ツナはツナで、沢田
家でリラックスしまくるビアンキのおかげで女性に対する純粋な夢を失ってしまった。きれいなあの子
も可愛いあの子も、外では澄ました顔をしていたって、家ではだらけているに違いない。

「でもよ、女兄弟がいるって、シミュレーションができていると思えばよくね?オレ、兄弟喧嘩って憧れ
るのな。」
「よくない!兄弟代わりなんて、ランボもイーピンもフゥ太もいるし!」
「はは。子沢山だもんな沢田家は。それはそうと、獄寺が姉さんと喧嘩してるとこ、あんまり見かけな
いよな。」
「しないんじゃなくてできないんだよ。ビアンキ見ると倒れちゃうから。」

 喧嘩以前のレベルで、獄寺はビアンキに弱い。
 実の親からの愛情に裏打ちされた自信。努力して得たわけではない殺し屋としての才能。生粋のイ
タリア人の血。ビアンキは獄寺にないものを持っていて、それを無意識のうちに獄寺に見せつけるか
ら、獄寺はコンプレックスの塊だ。
 ツナはそれに気づいてしまって、気づいたからにはなんとかしてやりたいと思っている。才能や血統
はどうにもならないし、どうでもいいことだ。でも、自信なら与えることができる。
 本当は、父親と姉からの愛情に気づき信頼すれればいいのだけれど、獄寺は愛情に対する受容体
の絶対数が少ないから仕方がない。ツナからの言葉と感情しか素直に受け取ることのできない獄寺
には、ツナが親代りの愛情を注いでやるほかないのだろう。擬似親子関係からはじめていって、いつ
か円滑な人間関係を築くための距離感覚を身につけて欲しい。

「だからさ、山本はこれからも獄寺君といっぱい兄弟喧嘩してよ、ビアンキの代わりに。」
「兄弟喧嘩かよ。・・・・・それより、痴話喧嘩してえ。」
「ははっ。馬鹿者。馬鹿本。」

 ツナは山本の嘆きを鼻で笑う。
 山本は獄寺に惚れている。惚れているだけで告白はしていない、というかツナがさせない。情緒が
未熟な獄寺が同性の男に迫られたら、混乱するに決まっている。それどころか、近づいてくる男がみ
な自分に下心を持っていると疑心暗鬼になったとしたら、人間不信が酷くなる。
 恐ろしいことに、山本以外にも獄寺に惚れている男は少なくない。10年後の世界の地下アジトで
は、山本、雲雀、笹川兄、ディーノが次々と獄寺をものにしようと近づいてきたから、ツナは修行の合
間に不埒な男連中をしめてまわるのに忙しかった。

「よお。どーだ。獄寺の様子は?」

 ドーンとドアを蹴り開けて入ってくるリボーン。昼寝あけは爽快にご機嫌だ。

「まだ寝てるんだから起こすなよ。」

 獄寺の寝るベッドに飛び乗ろうとするリボーンを、ツナが払い落す。

「にゃろっ!ダメツナの分際で!」
「騒ぐな!」
「落ち着けって。」

 ジタバタるツナとリボーンの物音で、獄寺が目を覚ました。もにゃもにゃと布団の中から頭を出し、上
体を起こす。乱れた銀色の下の頬の色はいまだ青褪めている。

「リボーンさん。10代目も聞いて下さい。」

 3人は獄寺に注目する。

「オレ、赤ちゃんできちゃいました。」
「でかしたな、獄寺。」

 一瞬の間。どこか遠くで鳥が鳴いている。

「誰の子だよっ!!山本か?雲雀か?ディーノか?まさかリボーン?!」
「獄寺、いつ女になったんだ!?」

 ハイパー化したツナがリボーンの首を絞めつつ、獄寺の全身を舐めるように見つめる山本の頭を蹴り
飛ばす。

「落ち着けツナ!」
「オレは何もしてないのな!」
「10代目、すみません、女になったの隠してて。実は、じつは・・・・・・・・フゥ太の子なんです!」

 ぽろっ。ツナの手からリボーンがこぼれ落ちる。

「・・・フゥ太?」
「うそ。」

 もじもじ。獄寺が下を向いて話し始める。

「はい。実はオレ10年後の世界でフゥ太に惚れちゃって、こっちに帰る前に一度でいいから抱いて欲し
いって頼んだんです。そしたら、フゥ太に姉貴が好きだからそんなことできないって断られて。でも諦め
つかなくて、リボーンさんにお願いして女性化弾撃ってもらって、姉貴の振りしてフゥ太の寝込みを襲
っちゃったんですv」

 恥ずかしくも嬉しそうな獄寺。

「女性化弾の効果は、通常は1週間から2週間だが、獄寺はまだ女を続けてるから、そうじゃないかと
思 ったぜ。それにしても、一回やっただけで孕むとは大した命中率だ。」
「はいv」

「褒めるな、リボーン!得意がるな、獄寺!」

 ツナのハイパー化は解けない。メラメラ。
 チッチッ。リボーンが指を振ってみせる。

「ツナ、よく考えてみろ。10年後もフゥ太はランキングができなかっただろ。フゥ太のランキング能力は
戻らねえんだ。だが、フゥ太の二世なら能力が発現する可能性がある。獄寺が生んだフゥ太のガキだ
ったら、ボンゴレでランキング能力を独占できる。」

 メラメラ。ツナの全身を包むオレンジの炎が眩しい。

「人でなしめ!オレの可愛くて綺麗で純粋で清らかな獄寺君に何をさせるんだ!10年後のフゥ太の子
だって?!誰に責任を取らせればいいのかわからんっ!」

 がばっ。獄寺が布団を飛び出して床に土下座する。

「ごめんなさい、10代目。責任は全部オレにあります。後生ですから産ませて下さい。お願いしま
す!」

 最後は泣き声混じりの哀願に、ツナのハイパー化もとけていく。

「いいよ!もう!産んでいいに決まってるだろ!獄寺君の子ならオレの孫でいいから!うちで面倒見
るから!一人ぐらい子どもが増えたってへっちゃらだから!もう、顔をあげてってば!」
「あっあっ、ありがとうございますぅっ。」

 床でしゃくりあげるのを抱え起こせば抱きついてくる。密着すると小さいながらも柔らかみのある胸。
妊婦といえども、女性化した獄寺によろめく男も多かろうと、ツナの超直感が言っている。
 そして、今回のことでわかった。ツナがいくらガードしても、獄寺がすり抜けて出たら意味がない。

「獄寺君、今後のために教えてくれる?君、フゥ太のどこに惚れたの?」
「顔ですv」



2009/06/04

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