VDお題】手作りチョコレート

「チョコレートやるからつきあわねえ?オレと。」
 2月初旬のある休み時間、雲雀恭弥は珍しく席についていた。その日は教師の声をBGMに来るVDの
私物検査計画を練っていて、ひょこひょこ教室に入ってきた獄寺隼人にノートを覗き込まれるまで、銀髪
問題児がそばにいることに気づかなかった。
「見ないでよ。」
 ばしん。雲雀はノートを閉じる。風紀委員会の極秘事項、検問の設置される場所と予定日時が記され
ているのだ、誰にも見せるわけにいかない。
「ヒバリ、オレのチョコいらねえ?」
 獄寺はノートにも雲雀の態度にもお構いなしに問いを重ねた。休み時間の教室は砂漠でも無人島でも
ない。朝から今まで、触らぬ神に祟りなしとばかりに雲雀を見て見ぬふりをしてきたクラスの生徒達が、2
人の会話に耳をそばだてている。
「なんでそんなことを訊くの?」
 そう尋ねながらも、雲雀は獄寺がノートを覗き見するためにやってきたのだと判断していて、ノートから
手を離さない。
「円高で今あんまり金がねえから、雲雀がつきあってくれるならベルギー産の高級チョコにしようかなと。」
 獄寺の話す内容には、恐らく意味は何もない。検問の情報を得ようとしているだけ。そうは思
うのだが、
獄寺の言葉は謎過ぎて、雲雀はうっかり問いを返してしまった。
「円高?」
「報酬、ユーロでもらってて今超ビンボーなんだけど、オマエがつきあってくれるなら、記念だから奮発す
る。」
 雲雀は質問の順番を間違えたことに気づく。核心はレートじゃない。
「つきあわなければ?」
「悪いけど、今年はキットの手作りチョコで間に合わせようかと。」
(振られるのなら安いチョコ。それは合理的な考え方だけど、今告白したらVDの意味がないよ。)
 内心で突っ込みを入れる自分に気づき、雲雀は獄寺に感心した。
(僕を油断させるなんて大した話術だ。)
 雲雀は可笑しくなってノートを丸めた。
「どちらにしろ、君は僕にチョコをくれる気なんだ。」
 ノートの筒の先で、獄寺の心臓を指す。ノートを無造作に扱う雲雀の動きに狼狽したのか、獄寺はここ
で初めて表情を変えた。凄む時によく見せる眉間の皺。しかし、目は伏せられて視線は床のどこかを泳
いでいる。
「ん。」
 色素の薄いまつげがぴくぴくと動いているのが見える。
「どちらにしろ、僕は君からチョコをもらう気はないけど。」
 まつげの動きが止まる。
「・・・そうかよ。」
 獄寺はぐっと顔を上げた。上級生たちの見世物になっていることには何も感じていない様子で、教室を出
て行く。ドアを閉めるために振り返って、雲雀の顔を見る。その時、銀色のまつげの先にビーズのような水
滴が光るのが見えた。
(反則だ。そんなに悲しげな顔をして見せるのは。)
 ぱたん。銀の髪はドアの向こうに消えた。
「泣くほどのこと?ノートを見れないからって。」
 雲雀がそう呟いた途端、教室中からありとあらゆる物が投げつけられた。
「鈍感ヤロー!」
「風紀バカッ」
 類まれなる反射神経により殆どの物体からは逃れたが、笹川亮平が投げた教卓が頬を掠めた。熱く感じ
る耳の下に触れると、濡れた感触がある。
「君たち、まとめて咬み殺すよ。」
 雲雀の一声で教室は静まりかえる。亮平一人を除いて。
「ヒバリ、オマエはタコヘッドの初恋に
、極限に相応しくない!!」
「君も後で咬み殺すから。」
 雲雀は片手を耳下にあてたまま教室を出た。

「ハツコイ。」
 血はすぐに止まった。応接室のソファーに横になったまま、雲雀はぐっと伸びをした。
「ハツコイ。」
 鸚鵡のように繰り返す自分の声が耳に響く。そういえばノートはどうしたんだっけ。そうだ。教室の床の上だ。
亮平が投げた教卓のせいで机が倒れて落ちたんだ。
「アレを見たら泣き止むかな?あの子。」
 まだ泣いているとして。まだ光るまつげの先をふるわせているとして。
「泣き止めばいいな。」
 笑う顔、にらむ顔、悔しそうな顔。意外に沢山彼の表情を知っていることに気づいたけれど、涙を流す顔は
一番見たくない。
 雲雀はソファーの上で器用に寝返りを打った。クロールでもするように片手の先で床をかく。
「なんでこんなに胸が甘くて苦くて溶けそうに痛いのかな?」

 

2010/02/11

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